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 私の248年に及んだ生涯は、それまでの膨大な歳月を考えれば笑えるほどあっけなく、幕を閉じた。


 ・・・が。


 ここで全て終了しないのが、この業界である。
 死んだ後くらい放っておいて欲しいものであるが、聖戦ともなればそうも言っていられない。私は冥王ハーデスの名のもと復活し、命と肉体とを引き替えに、アテナの首を取ってこいと言われた。
 ・・・死んでいるとは言え、アテナの聖闘士に向かって(しかも私は教皇!)首取ってこいとは、ハーデスは頭が沸いているのかと本気で疑った。大体において「取ってこい」って・・・。犬か!?我らは。
 ・・・ともかくこの危機をアテナに知らせ、ハーデスと闘う為に冥界にお出まし頂かねばならない。その為に、ハーデス側からの申し出は有り難く利用させて頂くこととする。
 一方、実は私にはちょっとだけ・・・と言うか、かなり嬉しい事があった。風雲急を告げるこの情勢下で何を馬鹿なと言われても、何の言葉も返せないのだが。
 正直に言おう。・・・ハーデスは何を思ったのか18歳当時の肉体を、私にくれたのだ。これ程嬉しかったことはついぞ無い。私が心身共に最も充実し、自由であった時代の身体。身の内に満ちる小宇宙も、あの頃の強大さがそのまま戻っている。自分が考える『本来の自分』というのは、いつだって誰にとったって最も強く美しい時代のものであり、そういう意味では、私は約200年ぶりに己を取り戻したという訳で・・・。そりゃもう大変嬉しかったのである。うっかりハーデスに感謝してしまった程だ。
 −−−とはいえ状況は切迫しており、喜んでばかりもいられない。私は気を取り直し、自分の周囲にたむろする、復活した聖闘士たちを見回した。
 私が死んでから起こった十二宮の闘いで死んだ黄金聖闘士たちは、私が知っている幼い姿から随分成長していた。それぞれ強力な力を手にしており、彼らが本来あるべき姿で十二宮を護っていたなら、状況は随分違ったろうにと思わざるを得なかった。中でもサガは28歳という年齢になっており、死ぬ直前黒サガが浄化されたとかで、私の目から見ても大変頼りがいのある、結構まともそうな男になっていた(・・・とは言え、私を見るなりどうどうと滝のように泣いて詫びを入れてきた辺り、とても普通とは言い難かったが)。最初は私も、気付いてやれず済まなかったとか何とか色々言ったのだが、サガがそれを聞いて更にだくだくと涙を流し、何時までも泣きやまないので、鬱陶しいからしまいにはどついて黙らせた。どつかれたサガはびっくりしていたようだが、しかし何やら嬉しそうで(もしかしてマゾか)、その後は唯々諾々と全て私の指示に従っていた。
 私は、復活した聖闘士たちに私の考え・・・即ち、『なんちゃって十二宮突破アテナ殺害計画』を伝えた。
 ・・・『なんちゃって』などとちょっとポップに言ってみたが、内容は大変シビアなものだ。我らの肉体が滅びる十二時間の内に、何がなんでも十二宮を突破し、アテナのお命を頂いて冥界へと誘導、ハーデス軍と闘う、というものだ。当然聖域の聖闘士たちには逆賊と謗られ猛烈に抵抗されるだろうし、冥界の監視が付くだろうから我らの真意を彼らに見抜かれてもいけない。かつての同志であろうと、阻む者は何者であれ殺してでも押し通り、とにかくアテナの元へ辿り着く。
 私の話を聞いた聖闘士たちは、ひとしきりケンケンガクガクやった挙げ句、結局それしか方法は無いという事になり、私の意見が採用された。
 ・・・各人それぞれ、複雑な様子ではあった。サガはまたしても女神に仇なす立場になるというだけで鬱っぽい顔になっていたし、シュラも同様だった。カミュは最愛の弟子や長年の友人を裏切り拳を向けねばならないことが辛いようだったし、私自身、可愛い弟子であったムウをこの手で葬らねばならないかもしれず、かなり嫌な気分だった。
 ・・・それに、童虎のことも気になった。この場にいないから多分まだ生きているのだろうが、さすがに老いぼれた身で戦場に飛び込んで来ることは無い・・・、・・・・・・と思うのだが・・・。
 しかしあの童虎のことである、何をしでかすか判ったものではない。只でさえ、あの男が出てくると話がややこしくなりそうだっだし、頼むから大人しくしていてくれよと、私は天を仰ぐような心持ちで祈った。
 −−−一人一人、言い尽くせぬ程の様々な思いはあったろう。しかしそれでも、皆は一旦納得した後は泣き言も繰り言も一切口にせず、黙って私の言うことに耳を傾けてくれた。その様は大変潔く、私は嬉しかった。

 ・・・何はともあれ、今度こそ私にとっての最後の闘いである。
 私は、昔何度も胸に刻んだあの誓いを再び繰り返す。こんな亡者に成り果てても、私の胸にはまだ、あの光が確かに在るのだ。

 −−−『この光在る限り、私は私の負った闘いに、必ず勝利する』。

 ・・・私たちは、黒き衣を纏って夜の中を歩き出す。
 懐かしき、愛しき十二宮へ。・・・そこを破壊と殺戮で、染め上げる為に。






            






 ・・・十二宮に到着し、まずは尖兵として、私はデスマスクとアフロディーテを連れて行ってみた。十二宮の門である白羊宮では、当然のごとく守護人である牡羊座の聖闘士、我が弟子・ムウが立ちはだかった。
 −−−私は正直、感慨しきりであった。まだ幼かったムウが立派に成長し、牡羊座の黄金聖衣を纏って命を賭して宮を護ろうとしてる。その姿は凛々しく、また哀しいものがあった。私のこともすぐに気付いて、激しく躊躇するのもまた健気である。私が死んだ後、頼る者もなくどんな思いでこの13年を過ごしたのかと思うと、胸が痛む。
 ・・・と、そんな感慨に浸っている間に、デスマスクとアフロディーテはブチ切れたムウのスターライトエクスティンクションで、どこぞかにアッサリ飛ばされてしまった。本気でやられたのか、それとも勝ち目薄しと判断した彼等なりの何らかの意図があったのか。その辺は微妙な処だったが、兎にも角にもこの場から消えてしまってはお話にならず、内心おいおいおいおいとツッコミまくりである。確かにチビの頃から勝手気儘な奴らだったが、しかし二人がかりでもある事であるし、もう少し頑張ってくれてもいいだろう、デスマスクにアフロディーテよ・・・。
 そんな騒ぎの中、紛れ込んできた感じの青銅の小僧が一匹、とばっちりっぽくムウに飛ばされていた。これは逃がしてやったらしかったが、たかが青銅一匹、この時私は全く気にもとめなかった。
 蟹座と魚座があまりにもすんなり消えてしまったので、私は残り三人を一気に投入した。サガは単身でもイケるかなと思っていたので、当初私は、蟹・魚組、水瓶・山羊組、サガ、私と四小隊に分けて時間差で攻めさせようと思っていた。だが時間も無いことであるし、ここは数にモノを言わせて一気に強行突破の方が効率が良さそうだ。
 さすがのムウも、サガ、シュラ、カミュと言う強力な黄金三人を相手では分が悪く、しかも私が脇から茶々を入れるもんだから、本来の力を存分に発揮することは出来なかったようだった。なぶり殺しにされるのは流石に忍びがたく、私はせめて私自身の手で苦しませずに葬ってやろうと、三人を先に行かせた。
 ・・・そして、さあムウの相手をと思って向き直った、その時。
 突然、時計塔の火が灯り、私は酷く懐かしい小宇宙を感じた。
 間違えようも無い。私にとって最も長く付き合い続けた者の小宇宙だ。・・・あああの馬鹿め、五老峰で大人しくしておれば良いものをと、私は苦々しい思いで振り向く。
 ・・・その時私は、童虎と顔を合わせるのが実に230年ぶりくらいだと言うことを、多分失念していたのだ。自分が18歳のピチピチ状態だったから、無意識に童虎もそのような状態であるように、思いこんでいたかもしれない。
 −−−だが、アレを見て私が度肝を抜かれたのは、決してそのせいだけでは無かった筈だ。


 振り向いた先には、人間じゃないモノがそこにいた。


 ・・・童虎よ。
 お前は確かに昔からチビだった。
 チビだったが、しかし確か170センチは辛うじてあった筈・・・少なくとも、2.5頭身では決して無かった!そして何より、顔色が紫だったり耳がとんがったりは、決してしていなかった筈だ!!!何なのだその有様は!?
 ・・・・・・私は、開いた口が塞がらなかった・・・。
 −−−だが、怯んでばかりはいられない。コレも私を動揺させる為の童虎の作戦かもしれぬイヤそんなワケあるかと内心自分で激しくツッこんだりして結局私は動揺していたわけだが、しかしそんな胸中をおくびにも出さず、私はその2.5頭身の人間じゃなさそうなモノと対峙した。
 余裕の笑みを作りつつ、私は童虎を睥睨する。ハッタリをかます事にかけては、私はその道230年のプロである。童虎のこの有様も『老いたな・・・』の一言でなんとか済ませ、事なきを得た(他にどうしろと言うのだ!)。
 ・・・そして童虎と言葉を交わすうち、私は否が応でも気づかざるを得なかった。
 童虎が昔と変わったのは、容貌だけでは無い。感じる小宇宙は確かに童虎のものだが、しかしその力は、私が知っているものとは比べものにならぬ程、縮み萎れていた。・・・200年以上という歳月を経ているのだから、致し方ない事ではあるのだが。
 −−−廬山で、じっとしておれば良いものを。私は内心で繰り返しごち、溜息を落とす。今の私と童虎では勝負にならぬ。ノコノコと出てきてくれたお陰で、私は可愛い弟子を手に掛けるのみならず、長年の戦友までなぶり殺しにせねばならぬではないか。
 ・・・馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、最期の最期までお前は本当に馬鹿だ。無鉄砲さだけは昔と変わらぬその馬鹿さ加減で、お前は私を怒らせるのだ。
 私はこれ以上無いほどに苦々しい思いで、己の小宇宙を高める。
 ・・・せめて、一撃で。何が起こったかも判らぬように、冥府へ送ってやるのが、情けか。
 振り上げた手の先に凝縮させた星々の輝きを、私が振り下ろす・・・その、刹那。
 またしても、そこには信じがたい光景が展開した。


 ・・・頼む、童虎よ。
 何を置いても、とりあえず『割れる』のはやめて欲しかった。


 唖然とした私と、童虎の弟子だという青銅の小僧の目の前で、只でさえ人間じゃないっぽい童虎がぺりぺりと割れだしたのだ。もうここまでくると、ハッタリがどうこう言っていられない。なんだこれはと素で叫んだ私が見守る中、脱皮を果たした童虎が悠然と笑んでいた。
 −−−昔のままのその姿で、童虎は私にすらずっと隠し通してきた事実を、張りのある声で蕩々と語る。・・・アテナの施した、仮死の法のこと。
 だがその頃には、実は私はもう何がどうでも良くなっていた。
 旧友が紫色になっていたり2.5頭身になっていたり、挙げ句の果てには皮を破って脱皮したり。この業界、常識なぞ通用しない事はイヤと言う程知ってはいたが、しかしここまで非常識だともう、思考力すら萎えてくる。
 ・・・ただ。今目の前には、かつて共に闘い、何事にも決して倒れる事のなかった者が、あの頃のままの姿で此処にいる。
 脱皮しようとしまいと、どんな姿であろうと敵として倒さねばならぬのは変わらぬが、それでもお互い、こうしてかつての姿で再会出来ただけで、私はもういいと思った。
 もう、十分だと思ったのだ。
 自分のこのかりそめの命も。童虎の命すらも。己の膨大な過去も記憶も思いも全て。
 この闘いで、見事散らしてみせよう。その為の、我々なのだから。その為に、この長過ぎる生を生き抜いてきたのだから。
 −−−私は一瞬、瞑目する。
 どのような怨恨、どのような罵倒を受けても良い。ただ、今此処にこうして立ち、己が唯一対等と認めた者と、女神の為に最期に闘えること。
 ・・・今はただそれだけを、感謝する。
 次に眼を開いた時。私はもう一切、何ものをも顧みない覚悟で、目前の童虎を真っ直ぐに見やった。

 −−−私の、倒すべき最強の『敵』。
 ・・・そしてかけがえのない、ただ一人の友を。










<050404 UP>



今更ですが、基本的に原作ではなく、ハーデス編DVDをベースに書いてます。
童虎(老師)の紫肌とか色々、全部アニメからです。

・・・でも正確にアニメの展開を追ってるワケでもなく・・・そのヘンはノリというか、あまりツッコまないで頂けると助かります・・・(^^;


・・・さて、やっと次で終わります、もう少しお付き合いの程。



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