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 −−−そうして、また時は流れ。

 私は結局、次代のアテナの誕生を目撃することとなった。前聖戦から230年。ある日私は、アテナ神殿から異常な小宇宙を感じた。
 ああ遂にきたかな、嫌だな、と思いつつのらくら神殿まで登って行ったら、案の定そこには赤子の姿があった。
 童虎からは、最近魔星の塔の封印が弱っているようだと聞いていたし、黄金聖闘士も久々に揃ってしまったし。この歳になってまた聖戦か。・・・と言うか、聖戦を二回経験するってのはホント勘弁して欲しい。
 そんな事をぐるぐる考えながら、赤子に近づく。
 裸で石畳に転がってるかと思いきや、さすがアテナ、赤子は何故かおくるみにしっかりくるまってアテナ神像の前で泣いていた。
 その無防備で小さな姿を、赤子自身が発する光り輝く小宇宙が覆っている。
 ・・・間違えようもない。懐かしくも神々しい、女神の小宇宙だ。
 私は、自然恭しい手つきで赤子を抱き上げた。するとその美しい瞳が私を映し、赤子は可愛らしく笑う。
 私は思わず苦笑ともつかない笑みで、その笑顔に答えた。
「・・・お久し振りでございます、女神よ。再び無事転生なさいましたこと、この牡羊座のシオン、心よりお悦び申し上げる・・・」
 私の言葉が判るのか、アテナは笑ってその小さな両手を私に向かって伸ばしてくる。
「・・・私のことを、覚えておいでか。また再び貴女の御前にこの身を置くことになろうとは、私自身あの頃は思ってもおりませんでしたが・・・」
 私は、一度は抱き上げた女神をそっと神殿の石段の上に下ろし、その前に膝をついて、しみじみと赤子の顔を見つめた。
 薄茶の髪に、薄紫の瞳。先代のアテナと、よく似た容貌だった。私を見つめ返す瞳には、赤子とは思えない知性と力強さを感じる。
 ・・・赤子のまとう光り輝く小宇宙に、私は安堵と喜びを覚えていた。アテナが降臨したということは聖戦が間違いなく起こるということ。なのにそれでも、女神をこの目で拝謁できることは、私たちにとっては喜びなのだと思い知る。・・・私たちは、アテナの聖闘士なのだから。
 私は、万感の思いを込めて、この幼い女神に頭を垂れた。
「・・・お待ち申し上げておりました。どうか女神よ、我らに導きの光を」
 −−−赤子は、まっすぐに私の姿を見つめていた。
 その瞳は、すべてを理解したように静かに私の姿を映していたのだった。





            





 ・・・こうして女神が復活し、それに先だって黄金聖闘士も全て揃って、聖域は真の意味での本来の姿を取り戻した。・・・つまり、女神を頂点として聖戦に立ち向かうべく集結した戦闘集団、という本来の姿である。
 こうなってみて、私は改めて色々考えた。
 黄金聖闘士12名が全て揃ったとは言え、その半数の6名はまだ7歳、3名は11歳という幼さだ。肝心のアテナは生まれたばかり。
 一方私は、未だ小宇宙だけなら現役の黄金たちにも引けを取りはしないが(そうでなければ、奔放極まりないチビ黄金どもを扱える訳もない)、しかしさすがに、もう戦場にこの身を置ける程、体力が残っているとも思っていない。
 これは逆に言えば、世代交代の良い条件が揃っていると言える。
 幼い聖闘士たちが育ってからでは、むしろ混乱が生じるだろう。幸い、私が230年頑張ってきたお陰で、頭がすげ替わったくらいでは現在の聖域はそうそう揺らぐものでもない。新たな聖戦を前に、ここらが潮時のように思える。
 となると、当然問題になるのが後継者。次の教皇を誰にするかだ。
 代々、教皇は黄金聖闘士の中から、前代の教皇の指名によって継がれる事になっている(私はやむない事情で指名無しに教皇となったが。何しろ前教皇が死んでしまっていたのだから)。チビ黄金どもは論外、未だ聖衣を所持して黄金聖闘士の一人として名を連ねている童虎も除く。可能性があるのは、今年15歳になった射手座アイオロスと双子座サガの二人しかいない。
 ・・・そこで私は、玉座の肘掛けに頬杖をついて、むむむと考え込む。
 アイオロスとサガ。まったく違った性質を持つこの二人は、どちらも立派な聖闘士だったが、当然ながらそれぞれ長所短所を持っている。アイオロスは勇に優れ情に厚く逞しく、皆に好かれ慕われているが、少々熱血すぎて融通がきかず、短慮になる場合がある。敢えて言うなら、童虎タイプだ。対してサガは、強大な小宇宙とその慈悲深さで、聖域のみならず近隣の住民からも神の化身とまで言われている。優しく誠実で、任務の遂行も卒がない。おまけに超美形だ(私の若い頃にくらべれば劣るが)。端から見れば完全無欠の黄金聖闘士、次期教皇はこのサガだと思っているものが大多数のようだ。
 ・・・だが。正直に言おう。私はサガが気にくわなかった。
 好き嫌いの問題ではなく・・・何だか得体が知れないのだ。あまりにも完全無欠過ぎて気味が悪い。光あれば必ず影が生まれるはずなのに、光しか存在しないかのような完璧さ、それが逆に不吉だった。輝けば輝くほど、酷く深い場処で闇が深まっているのではと思えてならない。・・・そして私は、そういう自分の勘を信じることにしている。
 −−−よし。次期教皇はアイオロスに決まりだ。直情型に務まるかという不安はあるものの、それこそサガが補佐につけば問題なかろう。
 ・・・私は、大きな息をついて玉座の背に深くもたれた。
 これでいい。後はこの決定を本人たちに伝え、布れを出せば私の勤めもようやく終わる。本当に冗談ごとでなく長い在位だったが、なんとか無事次代へ引き継げると思うと、心からほっとした。
 ・・・しかしほっとする余り、私はこの時少々短絡的になっていたのかも知れない。
 そう後悔するまで、さして時間はかからなかった。

 −−−それから数日後。私はスターヒルで黒サガに襲われ、あっさりこの世を去ったのである。

 ・・・我ながら、思い返すだに馬鹿みたいな最期だったと思わざるを得ない。
 私の勘は、ある面では確実に正鵠を射ていたのだが、しかしやはり私は見誤ったのだ。サガの孤独と苦悩を正しく気付いてやることが出来ず、むしろ最終的に闇に墜ちるきっかけを作ってしまったようなものだ。
 あれ程長くを生き、女神不在の聖域の長として様々な経験を重ねたにもかかわらず、私は若い哀れな聖闘士一人、救ってやることすら出来なかった。・・・なんとも情けない話だ。
 私はスターヒルでサガの拳に撃ち抜かれ倒れながら、思った。人とはなんと奥深く、また愚かなものだろうかと。
 たった一瞬で、様々なことが脳裏をよぎった。こんな間抜けな最期ではちょっと童虎に合わす顔がないな、とか、私が死んでサガがこんな調子ではこの後聖域や女神はどうなるんだろう、とか、最後の弟子となったムウが危ない目に遭わなければいいが、とか。ついでに前聖戦当時の情景やこれまであった膨大な記憶が展開する。これが世に言う走馬燈という奴か、と思う間もなく、意識は暗転した。


 私の、248年に及ぶ長い永い人生は、とりあえずそこで終わったのだった。










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