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 私が教皇の玉座に、童虎は五老峰の大滝の前に座してから、月日は飛ぶように流れていった。
 毎日多忙に追われるうち、多くの歳月が降り積もり。−−−そんな、ある日。





            





<・・・どういう事じゃ、これは!?>
 いつもの深夜の、小宇宙電話。童虎は怒っているのか戸惑っているのか、微妙な感じの声で喚いた。
 私は、相変わらず玉座に座して深い溜息をつく。
「・・・五月蠅い童虎。いい歳して騒ぐな」
<これが騒がずにはいられるか!?どうなっておるんじゃ、貴様!?>
「・・・知らぬ。私に問うな」
 また深い溜息。・・・そう、私に問われても困るのだ。一番困惑しているのは、他の誰でもなく私である。
 だが童虎は私の胸中などお構いなしに、怒鳴る。
<わしの記憶に間違いなければ、おぬし今日で満120歳じゃろう!!貴様、何で生きておるのじゃ!?!?>
 単細胞がよく私の誕生日などしつこく覚えていたものだと呆れるが、しかし童虎の言う通り。
 私は今日で、120歳になる。およそ普通はとっくにくたばっている筈の年齢で、しかも私はこの超高齢にも拘わらず、結構元気である。目立った病も患っていないし、一人でスターヒルに登る事くらい朝飯前。青銅聖闘士の一人や二人や三人や四人、今でも指一本で葬る自信がある。見た目だって、知らない者が見たらとてもそんな年齢とは思うまい。・・・勿論、18歳の頃のままという訳にはいかなかったが。
 私は童虎のがなり声に、イライラと怒鳴り返した。
「だから私に問うなと言っている!!生きてて悪いか!?」
<そういう問題ではないわ!!変だと思わんのか貴様!>
「思っている!!誰が考えたって変だろうが!!」
 はああ、と何度目かの深い息を吐いて、私は気を落ち着ける。いくら元気とは言え、イイ歳した人間がガタガタ喚いているのは、みっともいい姿では無い。
 私は気を取り直して、兼ねてからの疑問を口にする。
「・・・しかし、そう言うお前はどうなのだ、童虎よ?お前とてこうして達者で生きておるではないか」
<む・・・。わ、わしはいいのだ!わしはちゃんと、カラクリが判っておる!>
「・・・カラクリだと?」
 私はその不審な発言に、眉をひそめた。
「・・・どういうことだ、童虎。お前、やはり私にまだ何か隠しているな・・・?」
<だ・・・っ、だから最初に言うたではないか!アテナに口止めされておって、話すことは出来んと!>
「ふん・・・」
 慌てふためいた童虎の小宇宙に、私は玉座の肘掛けに頬杖をついて、少しの間黙り込む。・・・不審は不審だが、しかし既に100年も私にすら隠し通している事を、今更吐くとも思えない。私は諦めて、言った。
「・・・まあ、よい。お前の事はこの際置いておく。・・・だが、私の事はどうなのだ。誓って言うが、私も何故自分がこんなことになっているのか判らん。お前、何か心当たりはないか。このままでは、私はいつになったら死ねるのか、見当がつかなくて困るのだ」
<心当たりなど、あるわけ無かろうが!お前こそ何か無いのか。例えば聖戦で冥界に行った折などに>
 童虎の言葉に、むむむ、と私は考え込む。
 心当たり・・・心当たりか。確かに、何か原因があるとすれば冥界が一番アヤシイ。私は冥界での一部始終を、出来るだけ事細かに思い起こしてみる。聖戦は私にとっても生涯随一の激闘であったから、かなりの年月が経過した今もって、記憶はかなり鮮明だ。
「・・・・・・・あ。」
<・・・なんじゃ?何か思い当たったか>
「・・・そういえば。お前、エリシオンにいた妙な双子を覚えているか」
<棚卸しと引き回しとかいう、変な名前の双子の神のことか?>
「・・・タナトスとヒュプノスだ。お前とアテナを先にハーデスの元へ送り出し、私が残ってあの双子をたたんだ。あの時はかなり派手に闘って・・・、その時に、返り血で私はあの妙ちくりんな輩の血を浴びた」
<・・・ほう>
「ついでに、少し口に入った。気持ちが悪かったからすぐ吐きだしたが、多少は体内に入ったかも知れん」
 ・・・数秒、私たちの間に深い沈黙が流れた。
<・・・それじゃないかのう、やはり>
「そうかな、やはり」
 ・・・おかしな格好をしているとは言え、神は神。その血を身体に入れれば、多少は何か変調があるというのは当然の話だろう。・・・今私に起こっている事が、多少の問題かどうかは、別にして。
<察するところ、神の血によっておぬしは長命を得た、と。だとすればこれは、当分くたばれそうにないのう、シオンよ>
 そう言って、童虎は笑う。・・・が、笑い事ではない!・・・それは、つまり、もしかして・・・。
「−−−私に・・・この先ずーっとずーっと教皇をやれと言うことか!?いつ死ぬかも判らんのに、ずっと!?」
<そういう事になろうな。運が悪かったのう>
「・・・それで済ますな阿呆ッ!!」
 叫んで、私は思わず玉座から立ち上がり呆然と立ちつくしてしまう。
 私は今まで、生きている間は・・・、とずっと思ってきた。自分が呼吸し動き、こうして聖域に在る間は、どんな事からも何者からも、必ずこの女神の聖域を護ってみせると。・・・無事次代の者たちに全てを託し、死するまではと。
 ・・・だがその労働期間が無期限などとは聞いていない!!
「・・・童虎!!教皇を替われ!今すぐ!!」
<な、なんじゃと!?>
 突然の私の言葉に、童虎がまた慌てふためく。だがそんな事にかかずらわっている場合ではない。
「私が五老峰で封印の塔の監視をする!だから今度はお前が教皇をやれ!!これではあまりにも不公平ではないかっ!!」
<馬鹿を言え!!お前が滝の前でじーっっと座ってなどいられる訳ないわ!三日で飽きるに決まっておる! 世迷い言も大概にせいよ!!>
「何故そう言える!?お前に出来た事が私に出来ぬわけがない!だから替われ!!」
 私の錯乱に、童虎は深々と吐息を漏らした。そして数秒の沈黙の後、言う。
<・・・シオンよ、落ち着け。お前の気持ちが判らぬ訳ではない。が、よく考えてみろ。人には向き不向きというものがあり、そういう意味では我らの今の役どころは、適任だ。わしが教皇でお前が五老峰にいたら、今日の聖域の姿は無かったじゃろう>
 ・・・そんな事は判っている。
 童虎は目下の者からは大変慕われるが、しかし裏工作や隠密の取引などには、どう考えても向いていない。そして私も童虎の言うように、毎日全く変わりばえしない風景の中で、ただひたすら大滝の前に座して塔を見つめ、弟子の育成だけに努める日々など、とても耐えられるものではない。
 判っている。判っているが、・・・しかし何なのだこの理不尽極まりない展開は!?一体私が何をした!?身を粉にして、100年一生懸命働いてきただけではないか!!
 私はもう、言葉も無く黙り込むしかなかった。その胸中は、何処にも行き場のない怒りが荒れ狂っている。
 童虎はそれを感じ取ったように、重ねて言った。
<・・・聞け、シオン。お前は確かに今まで、立派に聖域を切り盛りしてきたし、わしはそれを良く知っておる。今までお前の元に送り込んだわしの弟子たちが、何と言っているか知っておるか? お前あっての聖域だと、皆が口を揃えて言っておる・・・本当じゃ>
 童虎は一つ息をつき、更に続けた。
<今までお前が聖域で経験してきた苦労は、計り知れないものじゃったろう。だが、今のお前にとって大事なものも、やはり聖域にある筈じゃ。お前を今まで支え助けた者たちの信頼こそ、お前がこれまで築き上げてきたもの。・・・それを裏切るのか、シオンよ>
「・・・っ、言われずとも・・・!」
 私は、荒々しく溜息をついて、倒れ込むように再び玉座に座した。・・・100年間、座り続けた、この玉座に。
「判っておるわ・・・!言ってみただけだ! くそ・・・っ」
 私はがりがりと髪をかきむしる。・・・そう、言われなくても自分が一番良く判っているのだ。自分を信頼してついてくる者たちを捨てて、中途で全てを放り出すことなど、何より私自身が許せる筈もない。
「・・・あああもう良いわ!確かに私は運が悪いのだろうよ!・・・それに童虎!お前もな!」
<・・・かもしれん>
 苦笑混じりの短い返答に、私はまた溜息だけを返した。
 ・・・まったく猛烈な運の悪さ。この先一体何年、私も童虎も『お役目』に縛られるのか。それを思うと、気が遠くなる。
 思わず私は、途方に暮れた思いで天を仰ぎ見る。
 女神よ。貴女はこのような事態になることを判っておられたのだろうか。貴女がまたこの地上に降臨してくるまで、我らはここで待たねばならないのか。
<・・・まあそう文句を言うな。泣き言くらいはいつでも聞いてやるぞ、シオン>
 呆れるほど脳天気な童虎の言いように、私は頭痛を覚えて額に手をやった。
「・・・やかましいわ、もう良いと言っただろう。毒を食らわば皿までと言うが、こうなったらどんな毒でも皿でも食らってやる。・・・滅多にお目にかかれない珍味だと思うがな」
<腹を下すなよ、程々にな。珍味の程は、追々また聞かせてもらおう>
 童虎は可笑しそうに笑い、ではな、という一言を最後にあっさりと小宇宙は途切れた。
 −−−聖戦から100年。次の聖戦までは、恐らくあと150年。
 実際のところ私の寿命がどれくらいなのかは、結局は判らない。が、どちらにせよ時間はたっぷりあることだけは判った。・・・ありすぎて吐き気がしてくる程。
 ・・・しかし、私はウダウダ泣き言繰り言を言うのは嫌いだ。一旦覚悟を決めたなら、それを押し通す以外無い。私は常に前向きなのだ。
 私は少し気を取り直して、持ち前の前向き思考で考える。・・・どうせ当分代替わりが不可能ならば、次代へ任せようと思っていた幾つかの仕事にさっさと着手してしまおう。十二宮の麓の聖域一般区域の整備やら、指揮系統の再編やら。
 ・・・そうだ。この教皇宮も、ちょっとくらい私好みにリフォームしても構うまい。ここは殺風景でちっとも面白みがなく、実はかなり気にくわなかったのだ。それでも、いつか次の教皇に渡す場処だから、と思って改造は控えていた。しかしあと100年くらいはどうせ私が使うのだろう。冗談のようなオモシロおかしい空間が欲しい。
 ・・・どでかい風呂でも作ってやろうか、と思う。仕事の疲れを取るには、熱い風呂が一番。どうせだから呆れる程広い風呂・・・仕掛けを付けて、波とか出るような、馬鹿みたいな風呂だ。深さも様々、深い処は溺れるほどにしたりして・・・。
 殆どヤケクソ気味にそんな事を考えて、私は玉座に座したまま、頭の中で新しい風呂の設計図を描き出していた・・・。










HAPPY BIRTHDAY SION !<050330UP>



はっぴばすでーシオン様!お誕生日に更新できて嬉しいっす。
そんでもってもうちょっと続きます・・・。

シオンの作った風呂っちゅうのはアレです、黒サガが入ってたバカでかくて何故か大波が出る教皇宮のアレ(^^;)。
サガが作ったのかとも思いましたが、考えてみればシオン様が長年使ってた場処なんだからシオン様が作ったのかも、と・・・(笑)




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