7     Final Episode.
















 −−−結局、私が白羊宮で童虎と壮絶にガタガタやっている間に、上の方ではアテナ・エクスクラメーションなんぞという禁断の奥義まで飛び出したようだった。
 ・・・まあ目的の為には手段を選ぶなと言っておいたし、いっそそこまでよくやったとサガ達を褒めるべきであろうな、と私は思った。
 散っていったアルデバランやシャカの命も、サガ達の捨てた聖闘士の矜持も、無駄にする訳にはゆかぬ。童虎との決着はつかず私はこの場に釘付けにされている訳だが、サガ達ももうこれ以上は限界だ。アテナはどうやら事態を察知しサガ達を神殿に招いて下さったようだが、しかしそのアテナは、恐らくご自身の聖衣が何処にあるのかもご存じないのだ。私が神殿まで行きアテナに聖衣をお渡しせねば、ハーデスを相手にアテナの勝機は無い。童虎を倒せぬまでも、何とか足止めして私は神殿に向かわねばならぬ。
 ・・・とか何とか苛々と思っているウチに、アテナの小宇宙が唐突に、途切れた。
 激しい攻防を繰り広げていた私と童虎は、同時にその動きを止め、愕然と上方を振りかぶる。
 ・・・しまった、と思った。間に合わなかった。アテナは聖衣を持たれぬまま、冥府へ出陣してしまわれたのだ。
 −−−人生最後にして、最大のポカ。私は激しく舌打ちを洩らして、呆然と立ちすくんでいる童虎を放って一目散に石段を駆け上がる。一方童虎も、我に返って私の事など眼もくれず、やはり一目散に神殿目指して駆け出す。
 ・・・期せずして二人並んで十二宮を駆け上がりながら、私は焦燥感に胸を焼かれながらも、ふと少しだけ可笑しくなった。
 −−−遠い、遠い昔。
 まだ私も童虎も幼かった頃に、十二宮の石段でこんな風に駆け比べをした事がある。どっちが速いかムキになって、何度も何度も繰り返して。だがいつだって勝負は決まらず引き分けて、それがお互い口惜しくて、結局は殴り合いの喧嘩になった事、数知れず。
 ・・・日が暮れても、駆け比べをやめなかったあの頃の私たちを照らしていた、満月の光。それが今も変わらず、聖域の夜を照らしている。
 その月を背に、私たちはひたすらに駆ける。
 あの頃からずっと護り続けたもの、それを最期まで護りきりたい。
 ・・・ただ、それだけの為に。





            





 −−−道半ば、それまで神殿に気配を感じていた黄金聖闘士たちの小宇宙も消えた。アテナが冥府へ発ったとあって、恐らくサガ達が、全ての事情を生き残り組に説明したのだろう。彼等は連れ立ち、アテナの御身を護るため、冥界の入り口へと跳んだらしかった。
 ・・・これは、もう間に合わない、と私は思った。せめて彼等に女神の聖衣を託し、女神が遺したであろう聖血を彼等の聖衣へ授けてやりたかった。だが彼等を追うだけの時間も力も、恐らく自分にはもう残されてはおるまい。
 黄金たちの小宇宙が神殿から消えたのに気づいたらしい童虎の足が、少しだけ鈍る。それを見て私はその場に立ち止まり、童虎、と呼びかけた。
 足を止めた童虎が、月を背に私を振り返った。
 ・・・失望と、疑問。怒りと悲しみ、そして僅かな希望。それらをない交ぜにした眼光が、私をとらえる。単細胞の癖にいつからそんな複雑な顔をするようになったと、私は少しばかり呆れてしまう。
 兎も角、話を聞く気はあると見えたので、私は童虎に私たちの意図と、私たちの知る全ての状況を語った。私のこの仮の肉体と命がもう僅かな時間しか残っていないことについては、既に語らずとも判っていたようだったので、割愛したが。
 童虎は昔から頭の回転の不自由な奴ではあったが、しかし戦況に対しての柔軟性は持ち合わせていた。私の話に納得すると、童虎はその茶水晶の瞳に新たな光を宿らせて、問う。
「・・・ではわしは、どうすれば良い。わしに出来る事は何だ、シオンよ」
 童虎のその揺らぎのない声に、私は少し笑う。この常に前向きで楽観的とも言える態度が、恐らく童虎を今日まで生き残らせてきたのだろう。
 ともかく女神の聖衣をアテナに渡すこと、あとはただひたすらにアテナの御身を護り、冥界の冥闘士、冥王を倒すこと、それしかやるべき事は無い。前聖戦の経験を持つ上、素で若い肉体を取り戻している童虎には、さっさと女神の聖衣を持って冥界に赴き、他の聖闘士達を率いて闘いを指揮してもらう他無い。
 私がそう言うと、童虎は僅かに考えてから、言った。
「アテナに聖衣を届けるのは、わしや他の黄金よりも、もっと可能性を秘める若い者の方が良かろうよ。わしはまだ聖域に残っているらしい双子座弟と共に冥界へ征き、他の黄金と力を合わせ、確実に女神が聖衣を手に出来るようこの命を賭して助力しようと思う」
 それを聞いて、私は思いきり怪訝な顔をした。黄金聖闘士以外、一体誰がそのような可能性を秘めているというのか。冥界に征くには、何はともあれ阿頼耶識に目覚めていなくてはならぬ。そのような者が、黄金以外に存在するとは思えない。
 だが童虎は、にやりと笑う。
「おぬしが死んでおる間に、こちらも色々とあったのじゃ。今生、随分と規格外な青銅どもがおるんじゃよ」
 −−−女神の寵愛を受け、火事場の馬鹿力で神をも倒す青銅聖闘士。そう言って、童虎はまた笑う。
 そんな話、俄には信じがたかった。だが残念ながら私にはもう、その真偽を確かめる時間が無い。童虎の言葉を信じるしか無く、私はただ頷く。
 ・・・件の青銅どもはどうやら今、神殿にいるらしい。しからば私は己の最期の仕事として、女神の聖衣を甦らせ、彼等にそれを託さねばならぬ。夜明けが近づくにつれ、刻一刻と重さを増す己の足を胸中で叱咤しつつ、私はまた石段を昇り始める。
 だがふと気づくと、童虎が付いて来ない。青銅連中の一人は童虎の愛弟子だと言うし、当然、共に神殿まで来るものと思っていたのだが。
 私が振り向くと、童虎はその場に立ったまま私を見上げ、笑った。
 −−−深い夜の闇の中でさえ、力強くその瞳が、私の姿を映す。
「・・・これは、おぬしの仕事じゃろう。青銅どもに思いっきり活を入れて来るが良い、『教皇』シオン」
 そんな台詞を悠々と吐いてその場から動こうとしない童虎を、私はしばし見下ろし、眺めやる。
 童虎は僅かの間をおいて、再び口を開いた。
「・・・一仕事終わったら、降りて来るが良い。わしは此処で待っておるよ、シオン」
 −−−おぬしを、見送ってやるから。・・・そんな言葉が、語尾に続くように思えた。
 私は、何だか妙に小気味よい気分になった。ケツの青い小僧どもに活を入れるのは、確かに230年間、私が聖域でやり続けてきたこと。そうやって数限りない聖闘士を率い、私は此処まで辿り着いたのだ。
 最期の最期でもう一度、最も大事な仕事を次代の者たちに託す為、教皇として思い切りハッタリかますのも悪くない。
 私は、童虎を見下ろして笑った。
 −−−確かに、これは私の仕事。お前は此処で指をくわえて待つがいい。
 ・・・童虎はもう一度笑って、軽く手を振って私を神殿へ送りだした。





            





 −−−そんなこんなで。
 私は神殿でメソメソしていた4人の小僧どもを、必殺ちゃぶ台返しですっ飛ばしたりして心置きなく存分にハッタリかまし、奴らの尻を叩きまくった。そしてその場に残った女神の聖血でアテナの聖衣を甦らせるついでに、彼等のボロボロの青銅聖衣にもそれを授けてやり(返す々も黄金聖衣にも授けてやりたかったと思う)、奮起して戦地に発つ彼等を見送った。
 ・・・やれやれ、と。私は一人神殿に残されて、息をつく。
 東の空が、微かに白んでいるのが見える。遠い火時計も、最期の炎、魚座の火がもうすぐ燃え尽きようとしていた。躰は既に鉛のように重く、身動きするたび組織が崩れ出しそうな痛みを感じる。今頃同じような状態であろうサガ、シュラ、カミュ、それに結局何処に行ったか判らないデスマスク、アフロディーテの事が気になったが、きっと皆、命在る限り最期まで役目を全うしようと奔走している事だろう。
 −−−本当の闘いはまだこれからだと言うのに。私にはもう、これ以上何もしてはやることが出来ない。
 私は神殿から、薄暮の中に佇む十二宮を見遙かす。
 遠い昔、幼い時分に黄金聖闘士として迎えられ、此処で育った。様々なことを此処で学んで力を身につけ、二度と戻れぬ覚悟で聖戦へと赴き、それでもまた此処へ帰ってきた。
 それから長い時間、ただひたすらに此処を護ることだけを考え、日々を闘ってきた。
 ここまで踏ん張ってきたのに大団円で最期を迎えられないのは、なんとも気がかりではあるのだが。しかし事ここに至っては、己がこれまで積み上げてきたモノを、信じるしかあるまい。
 ・・・どうか、私と童虎がこれまでやってきたことが、実を結ぶように。女神を護り世界を護り、己自身も護れるだけの強さを、彼等の中に手渡すことが出来ている事を願うばかりだ。
 美しい夜明けの聖域を眺めながら、私はふと、結局私は己の負った人生という名の闘いに勝利したのだろうか、と思う。
 この聖戦の結果が、全ての答えとなるのだろうが。・・・だがまあ何にせよ、『負けた』気はしないからもうそれで良いではないかと、少し笑う。
 思えば230年前。これから本格的に復興しようという聖域を丸投げしたのは、童虎の方。今度は私が、童虎や他の聖闘士たちに丸投げさせて貰っても、構うまい。
 ・・・前聖戦から数えて、243年。
 その長い歳月に、さすがの私も少々疲れた。



 −−−そういえば、あの馬鹿が待っているのだった。
 思い出した私は、ふらつく足を何とか踏みとどめ、昔と変わりない歩調になるよう努めつつ石段を降りる。
 長い永い夜が終わり、明るくなり始めた東の空。美しい朝焼けは、まるでこの243年、私の胸に灯り続けたあの光のよう。
 ぼんやりと白く光る聖宮のひとつひとつが、薄暮の中でとても美しい。


 −−−懐かしき、愛しき、十二宮。
 すべては此処から始まり、私のすべてもまた、此処に在る。
 どうか未来永劫、女神の加護のあるようにと、心より祈る。



 此処は何者にも侵され得ぬ、神の地。

 そして、私にとってもただ一つの
 魂の『聖域』なのだから。













END. <050406 UP>




終わったーッ!! \(T▽T)/
此処まで読んで下さった方、お付き合いどうも有り難うございました〜
一応、この後にDVD6巻のシオンと童虎の最期の語らいシーンに続く、ということで。

誇り高くてむっちゃ強くて意地っ張りでお茶目な大羊が大好きです。
ジジイ万歳!(笑)





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