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 ・・・まあそんなこんなで、結局私が全ての聖衣の修復を終えるのに、4年近い年月がかかった。その間、童虎はぼちぼち聖闘士になれそうな子供を見つけてきては、修行させるということをやり始め、一時聖域は小学校の校庭のような有様になっていた。
 それでも、自分たち以外の人間が聖域で、生きて、話して、笑ってくれているのは嬉しかった。だから私も、ようやく最後の聖衣の修復を終えると、童虎と一緒になって子供たちを立派な聖闘士にすべく必死に育てた。
 その子らが成長し、聖衣を継承できるまでになった頃。
 私と童虎は、じっくり話し合った。・・・あの単細胞と、あんなに『じっくり』話した事など、後にも先にもあれっきりだったと思う。これまでの事と、これからの事を話し合った。もっと具体的に言うなら、教皇をどうするか、という話だった。聖闘士がいて、ここが聖域である以上、指導者である教皇は必要だ。そしてそれは、私か童虎がやるしかない。
「・・・やはりお前がやるがよかろう、シオンよ」
 童虎は言った。
「お前は、わし程ではないにせよ充分強いし、聖衣の修復も出来るし、偉そうに構えて人を使うという事を心得ておる。わしは子供の修行を見てやることくらいは出来るが、聖域のやりくりなんぞ出来ん。・・・それに」
 一旦言葉を切って、童虎は私の顔を見る。
「それに実は、わしはアテナから直々に命じられた使命がある。わしはアテナが封じた108の魔星を見張らねばならん」
 ・・・初耳である。なんだそれはと問うと、言った通りだとの答えばかりで埒があかない。
「そういう訳だから、わしは五老峰で封印を見守ろうと思う。弟子の育成は続けるから、心配するな」
 じゃっ。と片手など上げてさっさとその場を後にしようとする童虎。このまま聖域を出ていくつもりらしい。待たんかいとひっぱり戻し、もう一度童虎を目の前の椅子に押し込めた。
 童虎は、渋々話し出した。
「冥界で、アテナは身罷られる直前にわしに仰ったのじゃ。アテナの御力で、ハーデスの冥闘士、108の魔星の魂を塔に封印した。封印の賞味期限は大凡250年、しかし何かの拍子でもっと早くに効力が薄れることが無いとも言えない。だから常にその塔を監視する者が必要だと。アテナは、その任をわしに託されたのじゃ」
 童虎と共にアテナの最期を看取った筈の私が、何でその言葉を聞いておらぬのか、一体何時の話だと詰め寄ると、私が後方でタナトス・ヒュプノスとかいう変なコスプレした双子をたたんでいる間、ハーデスと相打ってアテナは倒れ、その時だという。その直後私はアテナと童虎に追いつき、アテナの最期を看取ったのだ。
 そんな大事な事を何故今まで話さなかったのだこの唐変木、アテナが監視しろと仰ったのに、この数年全く野放しだったと言うことか、と怒鳴りつけた。童虎は即怒鳴り返してくるかと思いきや、不意にくしゃりと苦笑した。
「・・・言ってどうなる? お前もわしも、それどころではなかっただろうが。もしこの数年のうちにアテナの封印が破られておったら、どちらにせよわしらは死んでいた。そんな時に監視など何の意味もないわ。意味を成すのはこれからじゃ。わしはようやっと、アテナから命ぜられた任に就けるという訳じゃ」
 大体死ぬほど忙しくしていたわしらが、この上24時間塔の監視なぞしていたらそれこそ間違いなく過労死していたわ、と言って、童虎は笑った。
「ま、そういう訳だからわしは五老峰に行く。恐らくもうそこから動くことはあるまい。・・・お前とも、これが最期になるかもしれん」
 事も無げに言う童虎に、私は猛烈に腹が立った。事ここに至って面倒ごとを全て私に丸投げする気か貴様、と、相当殺気立って迫ったら、童虎は不意に酷く深刻な顔をして、私を見た。そしてそのまま暫く沈黙する。
 一体何を言うつもりかと思って身構えて待っていたら、・・・童虎は、なんとあり得ないことに、私にその頭を下げた。
「・・・済まん。お前に聖域を丸投げすることになるのは判っておる。だが、このお役目は既にわしにしか出来ん事情がある。全てお前に話したいが、アテナから口止めされておってそれすらも出来ん。これからの苦労を考えれば、お前に許せとも言えん。・・・済まない、シオンよ」
 −−−絶句した。・・・それ以外、どうせよと言うのか。
 あの、童虎が。
 今まで数限りなく馬鹿な真似をしでかして私を怒らせ、それでも一度として私に頭など下げたことのなかった童虎が、謝罪の言葉を口にする。よりにもよってこんな場面で、下げぬ頭を下げるという切り札で、この私の意思と言葉を封じたのだ。
 ・・・卑怯にも、程がある。
 怒り狂った私は、その場で渾身のスターライトレボリューションを炸裂させた。必殺技を放ったのは実に久しぶりだったが、あまりの怒りに、その威力は自己ベストに近かった筈だ。童虎と私で苦労して建て直した白羊宮の天井や柱を、私は一瞬で塵に変えた。
 ・・・これで童虎が反撃してこないなら−−−甘んじて私の怒りをただ受けるようなナメた真似をしくさるなら、私は本気で童虎を殺してやろうと思っていた。どうせ聖域を去ると言うなら、ここで消しても大した変わりはないのだから。
 吹っ飛んだ童虎は、やがて瓦礫の向こうから立ち上がった。その身は何時の間にやら天秤座の聖衣で覆われている。そういう私も、やはり何時の間にやら聖衣姿だ。爆発した攻撃的小宇宙に反応して、聖衣自らすっ飛んで来たらしい。さすがに私の修復した聖衣、反応が良い。
 ・・・ゆらりと立ち上がった童虎は、口の中の血を吐き出すと、口元を拭ってにやりと笑った。
「・・・腕はナマっておらんようじゃな、シオンよ。人が下手に出ておるのを良いことに、随分派手にやってくれおる」
 自分が吐いた台詞を棚上げにして文句があるなら実力で来るが良いこのチビめ!と言ったら、童虎の目の色が明らかに変わった。・・・ちなみにチビというのは、童虎にとっては禁句中の禁句である。
 童虎は、その茶水晶のような瞳を壮絶に光らせる。
「・・・よう言った! 覚悟は出来ておるようじゃな、シオン! 喰らえ、廬山百龍覇!!」
 叫ぶと同時に童虎の小宇宙が爆発し、数多の龍が猛然と襲いかかってくる。それを迎え撃った私のスターライトレボリューションが真っ向から衝突し、夜空に凄まじい火柱を上げた。
 ・・・白羊宮は、もうこの時点で跡形もなくなっていた。
 だが、童虎も私もそんな事は気にしなかった。
 何故なら、形あるものはいつか必ず滅びること、そしてそれらは多少形を変えながら、人の手でまた再び創り出せるということを、私たちは既に知っていたのだから。
 −−−その夜は、一晩中聖域の空に爆裂音と炸裂光が絶え間なく上がり、翌朝見かねた弟子たちが決死の覚悟で仲裁に入るまで、それは続いたのだった。






            






 五老峰は、元々童虎の故郷だった。
 幼い時期に黄金聖闘士としての能力を見出され、それまでの人生の多くを聖域で過ごした。だが幼児期は廬山の瀑布を見て育ち、その勇壮な景観は童虎の精神の奥深くに根ざしている。常にこの大滝の如く、何事にも動じず、力強くありたいと願っていた。
 何年かぶりにその瀑布の元へと帰った童虎は、大滝の前に座し、細かに飛んでくる飛沫を浴びながら巨大な水の流れを見上げた。
 ・・・最後にここを訪れたのは、聖戦の直前だった。闘い近しの空気の中で、最期に一目と思って帰ったのだ。だがまさか、再びこの廬山の滝をこの目で拝めるとは、その時は思ってもみなかった。
 シオンと久し振りに・・・それこそ聖戦以来、何年ぶりかの大喧嘩を演じた末、童虎はアテナの命を果たすべくここに帰って来た。死の直前、アテナは童虎にMISOPETHA‐MENOSという仮死の法を施し、数百年を生きながらえて魔星を監視し続けるよう命じた。それを果たすために。
 ・・・不偏の勇壮を誇る滝を、童虎は静かに見守る。
 −−−これからきっと気の遠くなるような長い時間を、自分はこの場処で過ごすことになるだろう。小宇宙を透かして臨む封印の塔に目を凝らし、不穏な気配に神経を研ぎ澄まして。あの憎たらしい戦友の顔を拝める機会も、もう二度となかろうと思う。
 自分は五老峰に。シオンは聖域に。まるで虜囚のように縛り付けられる。・・・だがそれでも、童虎はさして暗い気分にはならなかった。
 自分たちのやっている事は、必ず何時の日か実を結び、来るべき次の聖戦を乗り越える力となるだろう。それがハッキリ判っていたから。
 ・・・最期に、聖域で見たシオンの様子を思い起こし、童虎は一人小さく笑う。
 激怒したシオンは、結局怒ったまま乱雑に童虎を聖域から追い出した。その無造作で傲慢な態度はいかにもシオンらしく、童虎は良かった、と思う。最期にまた昔のように思い切り喧嘩をし、大層な言葉もお互い残さず。そういう別れ方が出来て、良かったと。
 また何時の日か。遠い未来、お互いの責務をきっちり果たし終えた後。
 のんびり冥府ででも、喧嘩しながら苦労話をし合えたらと、そう思う。それまでは、時々声を送り合って罵り合いをするだけで我慢して。
 目前で降り続ける大量の水の帳を、童虎は穏やかな目で見上げる。それから、おもむろに身体の位置を変えて、瀑布を背に岩に座した。
 −−−その澄んだ瞳は、遠い魔塔にじっと注がれている。










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