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 −−−はっきり言ってしまえば、私はちょっともうウンザリしていたのだ。

 200年以上も、教皇などどいう正義の味方の代表みたいなことをやっていれば、誰でも嫌になる。教皇という仕事は偉ぶっているだけでは決してなく、聖闘士の育成、派遣、各国政府との交渉、聖域内の運営や行政司法その他諸々を一手にこなす激務である。そんなものを、通常の人間の寿命の何倍もやらされては、嫌気も差すと言うものだ。



 ・・・前聖戦は、大変激しい闘いだった。私と童虎以外の聖闘士・・・青銅、白銀、そして黄金のすべてが死んでしまった。彼らの屍を踏み越えて、文字通り死ぬような思いをしてようやく手にした勝利。しかしその後に私と童虎が得たものは、富でも名声でも勿論なくて、聖域の再興という大仕事だった。
 頼みの女神や当時の教皇すら、ハーデスとの闘いの末に死んでしまい、私たちは本当に二人きりだった。
 冥闘士どもの群れが聖域に攻め込んでくれたお陰で、十二宮は廃墟も同然。累々たる瓦礫の山の前で、私と童虎がどんな思いでそれらを見つめたか、言うまでもないだろう。
 ことに十二宮最初の宮であり、聖戦の闘いの火蓋が切られた私の白羊宮は、まごうことなき全壊だった。二人で寒々しい風に吹かれながら、殆ど呆然とした心持ちで白羊宮・・・のあった場処に佇んでいた時、童虎は言った。
「・・・シオンよ。もしかして本当にわしら二人で、この聖域を建て直さねばならんのか・・・?」
 ・・・もしかしなくてもそうである。
 今更何を言っている状況も判らないのか相変わらず頭の回転が不自由な奴め、と答えたら、その場で千日戦争になりかけた。・・・だがお互い体力気力も使い果たしており、馬鹿々しくなってやめた。それまで童虎とは数限りなく喧嘩してきたが、途中でお互い自ら拳を下ろしたのはこれが初めてで、この時になって、もう今までとは違うのだと奇妙に思い知らされた。聖域をいつも愛し護って下さった女神の加護も、童虎との諍いを止めに入る他の聖闘士たちも、誰もいない。
 私たちは生き残り、生き残ったからには次の聖戦に備えねばならない。
 −−−私たちの、人生と言う名の闘いは、まさにこの時から始まったのである。





 聖戦で、冥界まで行って闘ったのは阿頼耶識に目覚めた黄金聖闘士たちだけで、他の白銀・青銅は皆、聖域に攻め込んできた冥闘士たちと闘って死んだ。主を失った黄金聖衣たちは自力で冥界から聖域に飛んで帰ってきたが(賢い奴らである)、聖域全土に散らばった白銀・青銅聖衣たちは、人力で回収せねばならなかった。
 私と童虎の最初の仕事は、聖域中を徘徊して、聖闘士たちの遺体と聖衣を拾い集め、遺体を埋葬し聖衣を修復することだった。聖衣の修復は元々私の特技であり、大雑把で不調法な童虎になどどうしたって無理なので、童虎は墓づくり、私は聖衣修復と分担してとりかかった。童虎もさすがに文句も言わず、毎日黙々と遺体を集め、一つ一つ丁重に葬っていたようだ。
 一方私は、それこそ死ぬような思いで毎日毎日、破損した聖衣と向き合っていた。聖衣が生きていればまだいいが、死にたえた聖衣を甦らせるには聖闘士の血を必要とする。私も童虎も出血多量で死にかけながら、星砂とオリハルコンとガンマニオンにまみれて私は聖衣を直しまくった。
 とは言え、材料調達も何もかも全て己の手ひとつである。他の雑事も相まって、修復作業は通常に比べて遅々として進まない。
 童虎の墓づくりは半月ほどで終わったが、その頃私はまだ一つ目の聖衣の修復が終わるか否かという状況であった。童虎は何も言わずに、今度は十二宮の修理にとりかかっていた。
 最も被害が甚大だった白羊宮は、私の宮ということもあって、聖衣修復の合間をみて二人で一緒に建て直した。だが以降の宮は、奥に行くほど破損は少なく、童虎がなんとか一人で直していた。それが完了するのに、約1年。
 ・・・私の聖衣修復は、まだ全体の4分の1にも達していなかった。






            





 −−−その日、童虎はいつものように、破壊された十二宮の修繕に精を出していた。概ねの建築作業と言える部分は終わったが、まだ細かなところが残っている。宮と宮との間をつなぐ石段もあちこち破壊されているので、その修繕もせねばならない。
 1年以上も土木作業ばかりやっていたので、作業自体はもう慣れたものだった。岩場から必要な石材を切り出して運んだり、積んだり、その繰り返しだ。・・・正直うんざりすることもかなりあった。が、白羊宮ではシオンが寝る間も惜しんで、黙々と聖衣の修復を続けており、自分だけ弱音を吐くわけにもいかない。今は自分の出来ることを精一杯やるしかなかろうと、幾度も気を取り直して作業を続けてきた。
 夜になって手元が見えなくなるまで働いて、それから修繕して間もない自分の天秤宮に戻る。だがふと思い立って、童虎は夜の中石段を下り、白羊宮に向かった。大して見たい顔でもないが、それでも現在聖域にいるたった二人同士である。少なくとも数日に一度は顔を合わせ、お互いの作業状況を報告し合ってはいたが、もう3日程も顔を見ていなかったのを思い出したのだ。・・・大体において、シオンは作業に熱中すると寝食を忘れることがままあり、放っておくとヘロヘロになって干涸らびかねない。
 白羊宮に着いてみて、童虎は入り口付近でおおいと声をかける。が、いらえがない。しかも宮の主の小宇宙が感じられない。これは、と思い、寝ているだけなら良いがと祈りつつ急いで奥に入ると、−−−やはり案の定である。
 修復途中の聖衣を前に、シオンがばったり床に倒れていた。
 童虎は舌打ちして、慌てて駆け寄りシオンを抱え起こした。彼の左腕には、聖衣修復の為に何度も切り裂いて血を流した無数の傷跡と、その上にぱっかり開いた、真新しい傷。辺りには血痕が散り、見れば破損した聖衣が紅く血に染まっている。修復の為に血をかけて、出血しすぎでぶっ倒れたらしかった。
 傷跡はまだ生々しく、聖衣の血もさほど乾いていないから、倒れてから大して時間は経ってはいないようだ。童虎はため息をついて、シオンの真っ白な血の気のない顔をばしばし叩く。
「シオン!しっかりせんか!死んだフリしてもわしには通じんぞ!!」
「・・・っ!!」
 かなり叩かれて、その痛みに耐えかねたようにシオンは顔を歪めてうっすらと目を開く。
「・・・死んだフリではないわ・・・! そんなに叩くな、この馬鹿力・・・っ!」
「おお気がついたか。さすがにしぶといのう」
 にっこりと笑った童虎のあまりに屈託の無さに、シオンは一瞬言葉をなくして黙り込む。だが、すぐに深々とため息をついて、不快げに眉根を寄せた。
「・・・気味が悪いから即刻離せ、童虎よ。お前に抱っこされるくらいなら、冷たい床の方がなんぼかマシだ」
 ・・・童虎は物も言わずに手を離し、シオンの後頭部は鈍い音をたてて床に激突した。
「〜〜〜ッ!!! いきなり離す奴があるか!? やはり馬鹿だろう貴様!!」
 あまりの痛みに、後頭部を押さえながら床を転げて怒鳴るシオンに、童虎はへっ。と鼻で笑う。
「おおすまん。わしはてっきり、お前のその訳のわからんハネ方をしておる髪が防護になるだろうと思ってな、即刻離せと言うからその通りにしたまで。すまんかったのう」
「貴様・・・ッ・・・」
 シオンはその大きな瞳で、床の上から童虎を睨み付ける。・・・が、貧血の為すぐに力を失って床に沈み込んだ。
 ごろり、と床に仰向けに横たわり、血の気のない顔で目を閉じてただ溜息をつくシオン。それを童虎は傍らから眺めやり、それから視線を移して修復途中で血に濡れた聖衣を見やる。
「・・・何体目の聖衣じゃ、シオン」
 童虎の問いに、シオンは薄く目を開いてぼんやりと天井を見つめた。そして平坦な口調で呟く。
「・・・71体目だ。それが最後の青銅聖衣・・・これが済んだら、あとは黄金聖衣を残すのみだ」
「そうか・・・」
 短く答え、ただ聖衣を見つめる童虎の横顔を、シオンは床の上から見上げた。
「・・・お前の方はどうなのだ。土木作業のはかどり具合は」
「大雑把なところは大体済んだが、まだ隅々まで万全とは言えん。−−−だがまあ、一番面倒な作業は済んでおるから、気も楽じゃ」
 童虎は、傍らのシオンを見下ろす。
「お前も、残り12体と思えば。・・・しぶといお前のことじゃ、大した事はなかろうよ」
 そう言って陰のない笑顔で笑う童虎の顔を、シオンは無言で見つめた。表情の無いシオンのその顔は、それでも何かを言いたげで、実際口まで開きかけた。だがすぐに思い直したようにはたと口を閉じ、やがていつもの不機嫌そうな口調と呆れたような目で言った。
「・・・だからお前は脳天気だと言うのだ。残り12体と言うが、それが一番面倒なのだぞ。黄金聖衣の修復は、えらく手間がかかる」
「そうか。だが出血大サービスも程々にしておけよ。いくら血の気が多いお前でも、限度があるというものじゃ」
 童虎の言葉に、シオンは更に眉をひそめる。
「・・・馬鹿を言え。血の気の多いのはお前の方だろうが」
「そう思うのだったら、血が要るならわしを呼べ。一々お前にぶっ倒れられるのは、もうたくさんじゃ」
 言いながら童虎はまた笑うと、よっこいせと立ち上がって、ぶっ倒れたままのシオンに手を差し伸べる。
「わしにお姫様抱っこされたくなかったら、さっさと立ち上がれ、シオンよ。どうせ飯もロクに食っておらんのだろう。その有様では仕事にならんだろうし、わしが精の付く中華料理でも作ってやるから、有り難く食え」
「・・・、余計な事を」
 言いながらも、シオンは薄く苦笑して差し伸べられた手を握る。その手を童虎が、勢いよく引いてシオンを立たせた。
 ・・・立ち上がった瞬間、ぱたぱたっと軽い音をたててシオンの左手首の傷から血が滴り落ちる。童虎は一瞬何とも言えない顔でそれを見やったが、すぐにまたいつもの笑顔で笑って、もったいないのう、とだけ言った。










<050324 UP>



羊月間おめでとー!!とゆーことで大羊連載です(^^;
大羊サイコー。大好き。

それにしても、連載なんかにする程のモノかい、とゆーカンジなんですが。
無駄に長いもんで、続きます。スンマセン。




→ススム