4.それだけは勘弁してください






禁断の転生ネタ&SF設定第三弾です・・・

そーゆーの苦手な方はご注意下さい。

ちなみに第一弾は
『10.間に合わない』
第二弾は
『83.漂着』
ですが、
読まなくても全然平気だとは思います・・・。
それにしても妙なタイトルのお題だな…


















 その惑星は、広大な金色の麦畑ばかりの星だった。

 中央、と呼ばれる星系群の末端、ほんの数光年先は辺境と称される星域に入る。そんな位置に、その星はある。中央で生活する人々の食料庫として、広大な農地の広がる農業プラント惑星の一つだ。
 このようなプラント惑星の殆どは大抵無人で、実際の農作業はロボットたちが行う。それを運用する人間は、遠く離れた惑星から全てを管理することがしばしばあったが、時に酔狂な人間が、惑星上で無機物と植物相手の静かで孤独な生活を、好んで送っていることもある。
 この星は、そうした酔狂な管理人を擁する小さな小さな麦の星だった。




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 ひどく高い青空の下、金色の麦畑の上を、どこまでも風が走っていく。
 数世紀に及ぶ研究と試行錯誤の末に確立された、地球化(テラ・フォーミング)技術の賜物。この技術により、人類は母なる地球から外宇宙への移住が可能となった。どのように小さな惑星であっても、恒星との適度な距離さえあれば地球とさして変わらぬ美しい空と大地を、再現することが出来る。
 小高い丘の上から、地平線まで続く金色の絨毯を眺めるのは、この星の唯一の住人。惑星の所有者であり管理人である彼は、木立の下の草地に座り込んで、朝からずっと動かなかった。
 麦畑を光らせる陽光と同じ色の長い髪が、柔らかに風に煽られる。
 若く美しい容貌を持つ華奢な青年だが、何故か彼の両目は、ひたりと閉じられている。古い地球の聖人と同じ名前を持つ彼は、しかし、かの聖人のように多くの人間と関わることは望まなかった。
 たった一人で、この惑星にもう長いこと暮らしている。
 ・・・けれどもそれが、即ち完全に静かな生活か、というと話は少し違ったのだが。



「・・・シャカ。どうしたのです、ずっとそんな処にしゃがみ込んで」
 小さな影が、彼の背後からふわりと近づいた。
 その声に細い肩がぴくりと動いて、青年は振り返る。目は閉じられたままだが眉根が寄って、なんとも言えない憮然とした感情を、雄弁に物語っている。
「・・・貴女か」
「他に誰がいると言うのです。この星に」
 小さな少女が、くすくすと笑ってシャカの隣にちょこんと座り込んだ。
「何をしていたのです、シャカ? 麦の出来具合に、何か気がかりでも?」
「いえ・・・」
 渋い表情のまま、また地平線に顔を向けてしまうシャカに、少女は明るく笑う。十歳前後にしか見えない背格好だが、仕草や口調はひどく大人びて、少女は婉然と微笑する。
「そのように迷惑そうな顔をしなくとも、良いでしょうに。私が来るのがそんなに気に入らないのですか?」
「そんなことは。・・・ですがこのように鄙びた星にいる私の処に、頻繁にいらっしゃるそのお心は、はかりかねます。お暇ではない身と心得ますが」
「何を莫迦なこと。私は常にあらゆる場処に、同時におります。今この瞬間にも、中央議会の予算委員会に参加もしておりますのよ」
 小さな白い手を、口元にあててくすくすと少女は笑う。
 その様子に、シャカはかすかに溜息をついて、彼女の名を口にした。
「アテナ・・・お遊びが過ぎましょう」
「『サオリ』。この姿の時はそう呼んで下さいと、何度も申しましたでしょう」
「・・・名を変える意味が、判りかねます」
「いいのですよ、私がそう呼ばれたいだけなのですから」
 歌うように言って笑むと、少女は青年が見つめる金色の地平に、その瞳を向ける。
 麦畑を渡ってきた薫風が、少女の長い薄茶の髪を、綺麗に靡かせた。



 −−−『アテナ』、と云う。
 それはかつてギリシャ神話の中の戦女神の名であり、古代から人類を護り続けた守護神・・・そしてシャカにとっては、唯一絶対の主であった者の名だ。
 幾度も繰り返された他神の脅威から、女神と女神に仕える聖闘士たちは、人類を護り続けた。その結果、文明を大きく破壊されることなく育ち続けた人々はその英知と勇気、無謀と野心をもって、宇宙へと乗り出していった。広大な宙域を手中におさめ、外宇宙の惑星へと移住を開始した人類にとって、地上は唯一無二の故郷では有り得なくなった。・・・それはとりもなおさず、古い神々の存在の無力化を意味した。
 人々が地上を去っていく課程で、多くの神々はその力を霧散させ、大地へ、或いは空や海へと還っていった。
 −−−だが、その中で。
 人々の守護である戦女神は、自らの存在を放棄することなく、宇宙へと出ていった人類と運命を共にした。
 宇宙時代を迎えた人類を、支え佑ける為に生み出された、全てのシステムを統括する中央の管理電脳コンピュータ。その膨大な電子回路の中に、彼女の意思は入り込み、生き続けた。
 −−−チタンの外郭に護られた、無機質の守護天使。
 その名をまさに、『ATHENA』と云う。
 各星系を治めるシステムコンピュータの上位システムであり、人々の生活全てにおいて介入可能な力を持つ。彼女はネットワークの流れの中で、あらゆる場処に偏在した。
 倒すべき敵を失くした戦女神は肉体を棄て、ただひたすら、人類を愛し導く為だけの存在となったのである。
 ・・・時には少女のような気まぐれを、覗かせながら。




「・・・そもそも、おかしいと思ったのです。初めて此処に到着した際、何故か少女型アンドロイドの躰が、荷のひとつとして運ばれてきて。明細を見れば、覚えはないのに確かに荷物のリストにまで入っていた・・・貴女の悪戯だった」
「悪戯ではありませんよ、必要だったのです。貴方は『中央』では、確かに優秀な成績を修めていましたが、当時まだ14歳だった。なのに単身、突然このように何もない星に引きこもって・・・料理ひとつ、出来ない癖に」
 少女はくすくすと笑う。
「貴方は将来、私の『本体』の面倒をみてくれる役職に就くと思っていましたのに。貴方が『中央』で私の傍に居て下さるのは、嬉しかったのですよ。かつて私の傍近くで仕えて下さった他の方々の多くは、物理的に遠くに行ってしまったから」
「・・・申し訳ありません」
 他に言う言葉も無く伝えた謝罪に、少女はころころと笑う。
「良いのです、貴方が貴方のやりたいように振る舞ってくれるのは、私も嬉しい。ですけど、私が時折こうして貴方の様子を見に、造り物の躰に降りて来ることくらい大目に見て下さい。本当は四六時中、こうして貴方につきまとっていたって良いのですよ。でもそれは我慢して、時々降りてくるだけにしているのですから」
 はあ、とシャカは溜息を落とす。
「・・・恐れながら、貴女は少しばかり強引が過ぎるように思いますが。私も知らない間に、惑星軌道上に『それ』を動かす為のサーバー衛星まで設置して・・・。あらゆるシステムを統括している貴女が、既に聖闘士でもない、ただの孤児である私にこのように手間暇をかけて」
「あら、ただの孤児というのは、少し控えめ過ぎる表現のようですよ。神童とまで謳われ、将来を嘱望されていましたのに」
 明るい笑顔と共に、少女は言葉を続けた。
「・・・それにすべては、貴方が貴方であるが故の事です、シャカ。私は、貴方が暗い暗い冥界で、私を導いてくれた事を忘れてはおりません。貴方も憶えているように」
「・・・憶えております。貴女が単身海界に乗り込んだことも、冥王の槍を素手で受けた事も。昔から常に、貴女は戦女神らしく強引でらっしゃった」
「であれば、今の私の所業もお諦めなさい。他神の脅威が失せた今、私はかつて誠実に仕えて下さった貴方たちに、どうあってもその労を報いたい。・・・確かにこれは、私の我が儘でしょうけれど」
 青い空を背に、少女はひた、とその薄紫の瞳を、シャカに向ける。
「・・・特に、貴方のような者は、心配です。己自身には何の希望も残さぬような、貴方は」
「ご心配には及びません。皆に感謝をと仰るならば、私はもう充分です。他の者にどうぞそのお心を」
「向けておりますとも、勿論のこと。だって貴方がたには皆、様々な業や宿命が絡まりついていて、放っておくと私ですら手の届かない時の狭間に落ちてしまう。神々に逆らった宿業とは言え、その恨みの何と根深いこと・・・なかなか難しいのよ」
 ふう、と少女はひとつ溜息を落とすが、やがて悪戯めいた微笑を浮かべる。
「・・・でも、今回はうまくいきそうなの。何度も失敗したのだけど、やっと」
「・・・と言うと?」
「出逢えなかった者には、出逢いを。道を見失った者には、道を」
 ふわり、とシャカの間近に躰を寄せた少女は、じっとシャカの顔を見上げる。
「−−−貴方のことですよ、シャカ。道を見失っているのは」
 その静かな言葉に、シャカは声もなく少女の薄紫の瞳を、閉じた目で見返した。
 少女は不意に手をあげると、その細い指先で、かすかにシャカの白い瞼に触れる。・・・造り物の指のひやりとした感触に、ぴくりとシャカの瞼が揺れる。
「・・・この、目。見えぬ訳ではないのに」
「・・・僅かですが、未だ小宇宙の力がはたらきます故、一応はこうして封を。今となっては、既に無用の力なれば」
 そう言って、シャカは僅かに自嘲めいた笑みを洩らす。
 護るべき女神は既に躰を手放し、現し世とは隔絶された次元に在って護ることも叶わない。また、女神を害する他神の存在もすでに無く、守護する意味も失せた。
 なのにこうして転生を繰り返し、記憶すら持ったままの我々の有様は、どうしたことだろう。
 神々に逆らった宿業故に、このような輪廻の輪に閉じ込められているのは判っているけれど。それでも、何かの目的があれば・・・この現し世でのあるべき己の姿が見えれば、おのずと道も見えようものを。道を見失っている、という女神の言葉は、確かにそうなのかも知れない。
 目的も無く、意味も無く。それでも煩悩だけは捨てきれずにいる己の、なんと鬱陶しい事だろう。
 −−−シャカの胸中を見透かすように、少女は微笑する。
「・・・いい加減、諦めなさいな。神に最も近いと言われた貴方とて、幸いなことに確かに『人』なのですから。欲も孤独も矛盾も祈りも、なべて己を生かす力に他なりません。意味など求めても無駄なこと、目的は生きて、幸せになることです。・・・だからシャカ」
 少女は立ち上がり、眼前に広がる美しい金色の野を背に、シャカを振り返る。
 −−−風に広がる髪が、逆光に眩しくその輪郭を光らせる。
「だからシャカ。もしこの綺麗な穀物の畑を、沙羅双樹の園に見立てているなら、おやめなさい。貴方が何かを育てるのであれば、それは何より貴方自身を生かす為でなくては」
 少女のきっぱりとした口調に、シャカは再び、かすかな自嘲の笑みを洩らす。
「・・・心得ております。何もかも、全て大きく変わってしまったのですから。今更、聖戦の再現など、私とて望んではおりません」
「では、何が望み?」
 即座に切り返す少女に、シャカは咄嗟に言葉に詰まる。
 ・・・その様子に、少女は苦笑する。
「ほら、貴方は自分一人のこととなると、望みひとつ出てこない。貴方の業は記憶を持ち続けていることではなく、その孤独の在りようだと気づいていますか?」
「・・・私は、」
 シャカは、言葉を選ぶように、言う。
「・・・私の望むものは、既にこの場処にあるのです、アテナ。静寂と平穏が」
「嘘おっしゃい」
 にっこりと断言した少女に、シャカはまたしても言葉を無くす。少女は構わず、婉然と微笑する。
「・・・これまでのことを思えば、無理からぬこと。でもねシャカ、貴方は少々難しく考えすぎると思います。もっと単純に生きていく為の道標が、貴方には必要だと思う。・・・もう少し待ってね、先刻も言いましたように、今回はうまくいきそうなの。今、色々仕込んでいる最中だから」
「仕込む・・・?」
「秘密。それに説明も難しい。宿業をかいくぐり、様々な偶然と必然の糸を切ったり繋げたり紡いだりしているの」
 本物の少女のように楽しげに笑うその様子に、シャカはただ溜息を落とす。
 少女のこんな様は、まさに気まぐれな神そのものだ。人知の及ばぬ運命の糸を、遊戯のように操っている。
 シャカの心中を察したのか、不意に少女は眉を寄せ、言い含めるようにシャカに言った。
「言っておきますけどね、シャカ。私は、貴方がたにかけられた神々の呪いを解き、あるべき姿に戻そうとしているだけなのよ。言ってみれば、身内の尻ぬぐいをしているだけ。貴方がたのことを、それ以上に操ろうとしている訳ではありませからね」
「・・・判っております。ただ」
 くすり、とシャカは薄く笑む。
「やはり強引さはお変わりない。そのように様々な事を自在に操る貴女なのですから、お気にかけるべき事は、他にいくらでもございましょう。私たちのことなど、捨て置いて頂いて良いものを」
「そういう事は、自炊くらい出来るようになってから仰い。貴方が此処に来てすでに10年、いつまでたっても身の回りのことは、機械任せで」
 くすくす笑って、少女は遠い背後、丘の裾野にぽつりと建つ小さな家屋を指さした。
「食事、用意しておきました。あとで温めてお食べなさい」
 その言葉に、シャカは眼を剥きそうになって慌てて自らの指で、その瞼を押さえた。
「またそのような・・・貴女に手ずから用意して頂くなぞ、畏れ多くて逆に食べられたものではございませんが」
「だからと言って、捨てる訳にもいきませんでしょう。ちゃんと貴方が食べられそうなものだけにしておきましたから。・・・機械がオートで造るものと大差が在るわけではありませんけど、せめて心のひとつも籠もっているほうが、美味しく頂けるというものですよ」
 そう言って、まるで母親の如く微笑む少女に、シャカはただ黙って溜息を落とすばかりだ。
 −−−かつて、似たような事を言って自分にやたらめったら食事を押しつける者が居た、とふと思う。『単純に生きる』という事に誰よりも長けていて、親しい隣人以上の思いを持って接していた。その明るい面影が脳裏によぎるのを、シャカはそっと振り払う。
 少女は可笑しそうに小さく笑うと、言った。
「・・・では、そろそろお暇します。また来るわね、シャカ」
 言い終わった直後、唐突に少女の躰は力を失い、ぱさり、と軽い音をたてて草の上に倒れた。
 見れば、今まで生き生きとした表情を見せていた少女は地に横たわり、どこまでも無機質な白い顔は、しんと静まりかえっている。・・・それはまさに、糸の切れた操り人形だった。
 シャカはまた溜息を落とすと、冷たい少女の躰を抱き上げ、ゆっくりと丘を降りた。
 女神が降臨する為の、小さなよりしろ。いくら精巧に出来ているとは言え、所詮作り物の躰だ。それがあれ程までに活力に満ちて見えるのは、人形を操るのが女神であるからに他ならない。
 ・・・無人の惑星の、静かな暮らし。それはシャカ自身の望んだもので、不満などある筈もない。つらい訳もない。これはこれで、ひどく『単純な生き方』だと思う。
 だが、あの生命溢れる女神が降りてきた時だけ。・・・降りてきて、また帰って行った後だけ。
 奇妙に空虚で、複雑な感覚に襲われる。
 それだけが、つらい・・・ような気がして。
 もし不満があるとするなら、こんな感情を無遠慮に煽っていく、女神の強引さかもしれない。
 −−−そんな事を思い、シャカは腕の中にある人形の白い顔を見下ろして、うっすらと自嘲の笑みを洩らした。




 −−−しかし、そんな呑気な事を言っていられたのも、それからせいぜい数週間のことだった。
 一週間に一度の頻度でやってくる女神の、明朗快活で強引な様子は変わりなく。その日もいつも通りに予告無く降りてきて、いつも通りに明るく笑っていた。
 そしてこれまたいつも通りに応対したシャカに、女神はいつも通りの口調で、言ったのだ。
「シャカ、貴方に差し上げたいモノが、あります」
「・・・はあ」
 前触れもなくいつもと違う事を言いだした女神に、シャカは間抜けた返答を返す。
「・・・欲しいモノはありませんが、アテナ」
「そうですか。そろそろ到着する筈なのですけど」
 人の話をどうやらちゃんと聞いていないらしい少女は、ニッコリ笑い、不意に青い空を見上げた。
 そして何かをその瞳に認めると、満足げにまた微笑を浮かべ、ひたりと彼方を指さす。
 −−−その、指の先。空の一点には、何やらきらりと、光るモノがある。
「アレです。返品は不可ですよ、シャカ」
「・・・は?」
 少女の示した空に、シャカが閉じたままの目を向けた。その瞬間、ばた、と隣で音がして、見ればすでに女神はその場から立ち去った後で、中味が空っぽの人形が地に倒れ伏している。
「・・・え?」
 唐突に命を失った人形を見下ろしたシャカの背後から、ひゅるるるるる・・・、と奇妙な音が、どんどん近づいて来る。がばりと振り向いたシャカの両目は勢い開いて、目前の光景その碧眼に映し出した。
 先程まで小さな光点だったモノが、真っ逆様に落ちてくる。
「・・・小型艇・・・!?」
 破損しているらしい小さなシャトルが、煙を吐きつつ錐もみ状態で降ってくる。落下地点は数キロ先と思われ、直接被害は無いと咄嗟に判断したシャカは、そのまま呆然と落下物を見守った。
 見ているうちに、シャトルからぽかりと一つ、黄色い風船のようなものが零れ落ち、ふわふわと空を漂う。
 ・・・その、直後。
 −−−どっかあーん、と派手な轟音と共にシャトルは麦畑に墜落し、爆発炎上した。
 空には、タンポポ色のパラシュートが、ひとつ。
 タンポポはひとしきり青い空を漂った挙げ句、シャカが立ちつくす場処から数百メートル離れた処に、ようよう着地する。
 ・・・動転した声が、くそう、と叫ぶのが聞こえた。やがて地に広がった黄色い布の下から、もぞもぞ這い出た人物が、シャカの方へとよろめきながら歩み寄る。
 −−−金茶の、短いくせ毛をした、がっしりした体躯の男。
 シャカの目の前までやってきたその青年は、自分より背の低い相手に向かって、笑う。
「騒がせて申し訳ない。此処の住人か」
 黙ってこっくりと頷いたシャカに、そうか、と答えて、青年は遠くでぼうぼうと燃えるシャトルを眺めやり、盛大に溜息をつく。異変に気づいた農業ロボットたちが、あちこちから集合して消火活動を始めている。
「いやあまいった。中央に行く途中だったんだが、電賊にハッキングされたみたいに突然船がコントロールを失って。見事に落ちてしまったなあ」
 青年はあっけらかんと言って、照れくさそうに笑う。
 ・・・シャトルは全壊、麦畑は被害甚大。落ちてしまったなあ、で済む事とも思えないが、しかしシャカは、ただ々目の前の青年を、その青い双眸で眺めるばかりだった。
 視線に気づいて、青年はぱちくりとその眼を瞬かせる。
「・・・何だ?俺の顔に、何かついているか」
「−−−名は?」
 唐突なシャカの問いに、青年は少しも怯まず、笑顔を見せる。
「ああ、突然許可もなく押し入っておいて、名乗りもせんとは無礼だった。・・・俺は、アイオリアという。綺麗な畑を台無しにして、本当に済まないことをした」
 そう言って屈託無く右手を差し出す。が、それから僅かの間をおいて、アイオリアは何かを必死に思い出そうとするように、首を傾げ、言葉を続けた。
「・・・おかしいな、何だか初めて逢った気がしない。もしかして、何処かで逢ったことがないか」
 ・・・その言葉を黙って聞いたシャカは、差し出された手をまじまじと眺めた。そして視線を上げて、青年の顔を穴が開くほど見つめ。・・・やがて、こらえきれずに、吹きだした。
 くつくつと必死に押し殺す忍び笑いに、アイオリアは面食らう。
「な、何だ何だ!?何かおかしな事を、俺は言ったか!?」
「・・・、−−−おかしいも、何も」
 −−−勘弁してくれ、と思う。
 天から降ってきた獅子だなんて。しかもダンデライオンの綿毛に乗って。
 −−−こんな冗談、まったく勘弁して欲しい。
 あの悪戯好きの戦女神は、一体我らを何だと思っているのだろうか。 『道標』が必要だと言った。単純な生き方が必要だとも。その答えがコレでは、もう笑うしかないではないか。なんて単純で、強引で派手なやり口。まったく常勝の戦神らしい豪快さだ。
 遠い昔、あの聖なる土地で生きていた頃を含めても、こんなに可笑しいと思ったことはかつて無い程に可笑しい。笑いが止まらない。凝っていた感情が、急に溶け出す気配がする。
 この、たったひとつの笑顔で。それすらも、酷く単純で。
 どうにも笑いが止まらないシャカは、たまらずに青年の肩先に額を押しつけて、くすくすとただ笑い続ける。
 そんなシャカに肩先を占領され、アイオリアはきょとんとするばかりだ。
 ぽりぽり、と暫く頭をかいていたアイオリアだが、やがて気を取り直したように、闊達に笑った。
「・・・ま、怒鳴りつけられるよりは、笑われる方が何倍もマシだ。申し訳ないが、暫くやっかいにならざるを得んようだから、よろしく頼む」
 そう言って、大きな手でシャカの肩を気軽に叩く。
 −−−その、掌の温かさ。
 こんなにも、何もかもが変わってしまう程の時を経ているのに。
 どうしてこの者のこの掌は、こんなにも変わらずに温かいのだろう。シャカは不意に脳裏に甦る、かつての聖なる土地の空気を思った。
 眼を射るような荒々しい太陽。暑い風。
 そしてあの、抜けるような青空の下で。
 −−−かつてどれ程、この温かさ、力強さを好ましいと思ったことだろう。
 理屈などいつでも吹っ飛ばして。ただ真っ直ぐに、在るべき姿を追い求める姿に、どれ程の愛しさを思ったことだろう。
 掌の熱ひとつ。それだけで一瞬に甦る、この・・・−−−
「−−−勘弁して欲しいものだ、本当に・・・」
 苦笑してそう呟いたシャカに、アイオリアは訳も判らず、ただ嬉しそうに笑顔を返した。



 −−−欲しいモノは、ただ一つだから。
 面倒なものは全部、置き去りにしてしまおう。

 そして、もう一度
 あの頃とは違った形で、だけどあの頃と同じように
 かつて辿った遠い道を、共に辿ってみよう。

 手を伸ばし合い
 心の輪郭を、確かめる為に。













<050515 UP>



どわあ・・・すんません・・・。またやっちまいました・・・。
この設定でのシャカを、どしても一回書いてみたくて・・・ゴニョゴニョ。
でも実はそれより、電脳世界で生きる女神、というのが書きたかったという・・・・・・・。
イメージとしては、『ツイン・シグナル』のエモーション、『攻殻機動隊』の素子、大原まり子の『メンタル・フィメール』。そしてアン・マキャフリーの『歌う船』!
ハッキリ言ってパクリです。だって好きなんだもん!!(開き直るな)
転生したら女神はどうなるだろう、って考えてたら、宇宙時代になってまでしつこく肉体に拘る必要も無いだろうし、効率よく人類を支えるには、こういう方法が手っ取り早いんじゃないかなあ、と思った次第です。

ちなみに蛇足ですが、このほぼ同時期に、『83.漂着』のカミュ・ミロの出逢いが、彼方辺境の星で同時進行しています。女神がシャカに言っている「出逢えなかった者には出逢いを」というのは、乙女と獅子の事では実はなくって、蠍と水瓶のことです。子ミロとカミュの里親縁組みを謀ったのは、勿論アテナであった、・・・というオチ・・・。蠍が記憶を捨てたことで、ようやく女神が手を出せる余地が生じたという・・・裏設定でございました・・・。


モドル