10.間に合わない






禁断の転生ネタ&SF設定です・・・
苦手な方はご注意(^^;













 αケンタウリは、地球圏から最も近い外宇宙の入植星系だ。
 星系の最外周にある、ケンタウリD−1宇宙ステーション。太陽系から最短の外宇宙の屋根である其処は、いつ来ても様々なヒトで溢れている。最新鋭の技術力を投入して建設・維持され、どこもかしこもぴかぴかだ。
 そのわざとらしい迄の清潔さを、壁際からぼんやりと見下ろす青年が、ひとり。
 眼下の広い待合いロビーにひしめく人の群れを、気のない視線で眺めやる。その瞳は、深い蒼天の青。長めに伸びた癖のある金の髪が、それを縁取っている。
 手すりにもたれて頬杖をつき、ただただ無為な様子で時を過ごす彼の肩を、背後から叩く手があった。
「・・・ミロ。暇そうじゃないか、こんな処で」
 振り向くと、其処には女性と見まごう美人顔の青年が微笑んでいる。緩くウェーブした豊かなプラチナブロンドと、目元のほくろが眼を引く。
 ミロは、青い眼をぱちくりと瞬かせて目の前の青年を見つめた。
「・・・アフロディーテ? 何でこんなトコにいんだよ」
「バイト。そこのスタンドで」
「スタンドぉ?」
 アフロディーテが親指で指した先には、軽食や飲み物を売るカウンターが見える。言われてみれば、彼は店名がプリントされた質素なエプロンなぞ身につけていた。両手に一つずつ持っていた飲み物を、一つミロに差し出して、笑みを見せる。
「随分久し振りな気がするけど。遠くに行っていたのかい」
「まあな。運び屋だもん、何処にでも行くさ」
 受け取った飲み物のストローをくわえたミロに、アフロディーテは笑う。
「運び屋と言うより、君はナンデモ屋だろう。SP紛いの警備やら未開惑星の案内役やら」
「俺のことよか、お前こそ何でこんなとこでバイトなんか。仕事は」
「クビ」
 あっさりと言ったアフロディーテに、ミロは一瞬言葉を失って、次に深々と溜息をついた。
「・・・腕利きのソムリエが、どーして一流レストランを次々とクビになるのか、理解に苦しむ。最後に逢った時は確か、このステーションの最上階にあるレストランにいたじゃないか」
「そう。それで、三日前にクビだ」
「何故」
「おかしな仕事をさせられそうになった」
 アフロディーテは、軽く肩をすくめる。
「某有閑マダムのディナーにお伺いして、料理との相性なんかそっちのけでバカ高のヴィンテージを売りつけて、その上一晩のお相手をしろってさ。やってられるか。ホストじゃないんだぞ私は」
 憤慨した様子のアフロディーテに、ミロはくすくす笑う。
「成程。顔だけなら、そこらのホストもまさに顔負けだもんなあ。・・・で、それをお前にやらせようとした上司は無事か」
「一発で済ましてやったよ。歯は折れたみたいだったけどね」
「慈悲深いことで」
 尚も笑うミロの金髪頭に、アフロディーテは無造作に手をつっこんでかきまわす。
「笑いすぎだ!お陰で私は失業中だ。同情してくれたスタンドのマスターが、とりあえず雇ってくれたけれど」
「ふうん」
「君こそ、こんなところでぼーっとして何してる。遂に君も失業か」
「まさか」
 ぐしゃぐしゃに乱れた髪をかきあげて、ミロは笑う。
「一仕事終わって帰ってきたとこだ。人間ウォッチング中」
 その言葉に、アフロディーテはふと問いかけるように、僅かに首をかしげた。
「・・・もしかして、まだ人捜しやっているのか。確か以前、ずっと探しているヒトがいると言っていた」
「まあな。ちっとも見つかりゃしないけど」
 肩をすくめて笑うミロに、不意にアフロディーテは黙り込んだ。綺麗な細い指を唇にあてて、何事かを考え込む素振りを見せる。
 それに気づいたミロは、怪訝な顔で美人の友人を見やった。
「・・・何だよ?」
「・・・いや。そういえば先日、君と似たような事を言っている人に逢った」
「似たような事?」
「そう。逢ったことがない人を、ずっと捜しているんだと。君みたいな妙な事を言う奴がいたものだと思って、憶えていたんだ。レストランの客でね」
 飲み終わった飲み物の容器を手の中で弄び、アフロディーテは記憶をたぐるように少し視線を泳がせて、言った。
「数ヶ月前の話だ。初めての客だったけど、妙にウマがあって色々話した。若いが学者で、ケンタウリの遺跡調査に来たんだと言っていたよ」
 そう言うと、アフロディーテはポケットから手帳を取り出し、その頁の間から一枚の写真を取り出す。
「私が遺跡を好きだと言ったら、これをくれたんだ。まだ公開前の美しい遺跡だから、気に入ったならやると言ってくれて。・・・ほら、これ」
 ミロの目の前に示したその写真は、森に埋もれたような遺跡と、それを調査していると思われる数人の人影が映っている。ピントは遺跡に合っており、人々はカメラの方を見もしないでそれぞれ好き勝手に動き回っているようだ。
 アフロディーテの指が、この人だよ、と人影の一つを指し示す。
 −−−小さく映った横顔。顔の細かい造作は判然としない。
 ただ、夕陽のような深紅の長い髪が、鮮やかに眼に飛び込んでくる。
「・・・見事な紅い髪でね、綺麗だったよ。それで印象深かったというのもあるのだけど」
 微笑して言ったアフロディーテには目をくれず、じっと写真を見つめるミロが、呟くように、問う。
「・・・この、学者?って・・・今、何処にいるんだ」
「死んだよ」
 短く、きっぱりと言ったアフロディーテの言葉に、ミロは弾かれたように顔を上げる。
「宇宙船の事故で。帰り際にまた寄ると言って、予約までして行ったんだけど現れなくてね。ニュースを見たら、惑星から此処に上がってくる途中の大気圏で宇宙船が一個、木っ端みじんになってた。乗客名簿に名前があったよ」
 良い客は不思議と居着かないんだよね、とアフロディーテはやり切れない風に溜息をつく。
 丁度その時、スタンドの方から呼び声が聞こえ、アフロディーテはそちらを顧みて返事を投げ返した。そしてミロにもう一度視線を戻す。
「休憩終わりだ、もう行かないと」
「・・・アフロディーテ、これ」
 ミロは、手袋で覆われている手で持った写真を示す。
「この写真・・・もらっちゃ駄目か」
「気に入ったのかい? いいよ、あげる。その代わり、私が何処かのレストランに無事再就職したら、また食べに来てくれるかい」
 約束する、と頷いたミロにアフロディーテは微笑し、スタンドの方に数歩足を踏み出す。が、ふと思い出したように立ち止まって、再び振り向いた。
「・・・そういえば、聞いてもいいかな、ミロ」
「何だ?」
 アフロディーテは、くすり、と形の良い唇で笑む。
「・・・どうして君は、私をアフロディーテと呼ぶんだい。何度名前を教えても、君はそれをやめないね」
 その問いに数瞬黙り込んだミロは、やがてくしゃりと苦笑する。
「・・・不快なら、改めるよう努力するが。・・・お前はその名が似合う気がして」
 ふうん、とアフロディーテは面白そうに笑う。
「不快じゃないから、構わないけれど。・・・ただ、勝手に人の名前を捏造したり、人前で決して手袋を取らなかったり、アテのない人捜しをしていたり。君はとても変わってる」
 お前ほどじゃないよ、と軽口で応酬したミロにまた笑って、アフロディーテは今度こそスタンドへ戻って行った。

 一人になったミロは、とっくの昔に空になった飲み物の容器を、くしゃりと片手で握りつぶす。丁度通りかかった清掃ロボットのダストボックスにそれを叩き込んで、手元の写真をもう一度見つめた。
 −−−探していた、紅い髪。懐かしい、その横顔。
 暫くじっとそれを眺めやり、それから苦り切った顔でがしがしと自分の金髪をかき回した。
 そしてがっくりと手すりにもたれると、肺の空気を一気に吐き出す程の、深い溜息を落とす。
「−−−・・・また・・・間に合わなかったなあ・・・」
 小さく呟いて、目を上げる。
 ステーションの壁一面は、特殊ガラスで覆われていて外宇宙を臨むことが出来る。深淵の闇の中、瞬かない無数の星々が美しく光る。
 その中で一際紅く輝く星を見つけ、それをぼんやりと眺めやった。
 戦士の宿命からは解き放たれても、まだ何某かの妙な摂理に縛られている気がする。何度も何度も、生まれ思い出す度に探しているのに、いつだって見事なまでにすれ違う。
 おかしなもので、アフロディーテやカノン、アイオリアやシャカなどとは、意外と簡単に出逢えるのだが。
 ふと、ミロは両手を覆っている革手袋を外して、目の前に右の手をかざした。
 ・・・人差し指の爪だけが、何かで染め上げたかのように、血のように紅い。
 ミロは、ガラス越しに見える紅い星とその爪を並べて眺め、小さく苦笑する。
 生まれた時から、深紅に染まっているこの爪。昔はこれが、自分の最強の武器だった。今は何の力もない、ただ紅いだけのモノだが、しかしこんなに時間が経って何度も死を越えていても、これだけは常についてまわってきた。
 −−−この爪の色が失せた時、もしかしたら記憶も無くなるのかも知れないが。
 その時こそ、またもう一度出逢えるのだろうかと、そう思う。

 暫くそうして星と爪を見比べていたミロは、やがて再びきっちりと手袋を着け直す。
 そして写真に視線を落とすと、そこにある小さな横顔と紅い髪の残像に、そっと唇を寄せた。


 ・・・何度、間に合わずにすれ違ったとしても。
 いつか、必ずお前に辿り着く。


 −−−いつの日か、絶対に。











<050129 UP>



うはははー。コレもネタ的には一度はやっとけ、みたいな!(笑)
こういうのが苦手な方には申し訳ないです〜・・・(><;

でも白状するなら、書いてて大変楽しかったです(^^;)。
私は元々SF設定も転生ネタも好きな上、魚も蠍も書いてて楽しいキャラなので・・・うへへ。
とりあえず魚が書けただけでも楽しかったっす・・・。職業どうしようかな〜とか考えるのも面白かったですし(笑)
アフロディーテのソムリエ、というのは、優雅でかつ女々しくなく、格好良くて頭も良さそうで、しかも香りとか美意識なんかを要求される職・・・と思ったらコレしか浮かびませんでした(^^;

ちなみに、何か他に裏設定を考えているかというと、全く考えていません(^^;
シャカとか、こんな時代に居たとしたら一体何をしておるのか、大変に謎です(笑)。

・・・もし許されるなら、またこの設定で書いてみたいなあ、とかチョト思ったり・・・(^^;


モドル