―――聖域に来て、初めて迎えた誕生日のこと。
その日のことは、よく覚えている。
「・・・あれ、カミュ? 早いんだな、今朝は」
その日、まだ幼かったカミュとミロは、十二宮の石段でばったりと出くわした。
2月の寒い朝、まだ日が昇って間もない早朝だ。宝瓶宮と双魚宮を繋ぐ石段の途中、聖衣を身につけ段を昇るカミュと、何故か上方から下りてくる私服のミロ。小さな身には段差と歩幅が合わず、昇る足も下る足も、それぞれ歩調はたどたどしかった。特にミロの足取りは危なっかしかったが、本人はそれを気にする風もなく、寧ろ面白がっているのか、飛び跳ねるようにカミュの方へと駆け下りてくる。凍える朝でも、そんな元気の良さはいつもの通りだ。
「っはよー。どうしたんだ、朝っぱらから聖衣なんか着て?」
足取りと同じくらい、元気の良い声が降ってくる。
4つ下の天蠍宮にいる筈のミロが何で上から、と怪訝な思いで顔を上げたカミュは、ミロを見た瞬間、ぴきりと硬直した。
「・・・お前こそ・・・、どうしたんだ、それ」
「アフロディーテに貰った。手入れを手伝ったら、賃金だとか言って」
そう言って満面の笑みを見せるミロの両腕には、溢れんばかりの白薔薇が抱えられていた。ギリシャのどんよりとした冬の朝にも、無数の白い花弁は清々しい眩しさだ。
恐れ知らずで、あちこちの宮に物怖じもせず出入りしているミロだが、どうやら今朝は朝咲きの冬薔薇を見に、早朝から双魚宮に押しかけていたらしい。
そういえば、夜明けの時分にミロの気配が宝瓶宮を通って行ったっけ、と今更のように思い出し、カミュは子供らしからぬ重々しい溜息を落とす。
「・・・時刻も構わずウロウロするの、大概にした方がいい。ただでさえ私達が他宮へ出入りするのを、神官たちはいい顔をしないし・・・そのうち咎められる」
「カンケー無いだろ。十二宮の中にはいるんだから、神官どもに文句言われる筋合いじゃない」
あいつらは弱い癖に口ばかり五月蠅くて嫌いだ、とケロリとした顔で言うミロに、カミュは黙って溜息で返すにとどめた。出逢ってそろそろ一年、歯に衣着せぬミロの性格もいい加減よく判ってきていたし、実力主義のこの聖域にあって、そうした物言いはミロだけのことでも無かった。それにミロの言っている強さや弱さは、恐らく物理的なだけの事では無いだろう、とも思う。時折ミロは、理屈では無く直感のようなもので驚くほど物事の本質を見分ける。
「で? お前はどうしたんだ。朝っぱらから聖衣なんか着て、教皇に呼ばれたのか?」
抱えた薔薇の花弁越しに、ミロの大きな碧眼が覗く。その青い瞳に向かって、カミュは肩にかかるほどの紅い髪を揺らし、かぶりを振った。
「違う。誕生日なんだ」
「・・・へ?」
「誕生日」
繰り返した単語に、ミロはきょとんとしている。カミュはまた溜息をついて、説明を付け加えた。
「誕生日には、女神神殿を拝するのがしきたりだ。特に十二宮を護る私達は、誕生日と守護星座が関わっているから」
「・・・・・・」
「―――だから、女神神殿に上がる処なんだ」
そこまで言い終わった後も、何故だかミロは、相変わらず薔薇を抱えて立ちつくしたままだ。らしからぬボンヤリしたその様子に、カミュは怪訝顔だ。
「・・・ミロ?」
「・・・あぁ・・・、ええと・・・」
呼ばれてもまだぼっとしていたミロは、やがて酷く戸惑った顔で、所在なくきょろきょろと辺りに視線を泳がせる。 |