41.眠い











 −−−ふと目を醒ますと、辺りはまだ闇の深い夜更けだった。


 頬に、何かふわふわしたモノが触れている。
 くすぐったいので闇の中でうとうとと眼を開けると、すぐ傍にやはりふわふわしたモノがあって、視界を遮っている。
 ・・・先刻から、何やらやたらと温かいと思っていたのだ。それもその筈、傍らで安らかに寝息をたてているミロが、私の胸元にぴったりと躰を寄せて眠っていた。頬やら顎やらくすぐりつつ視界を遮っていたのは、これの髪だ。
 ・・・こんな体勢で眠りに落ちた覚えはないのだが、どうも眠っている間にくっつかれていたらしい。まるで抱き枕かぬいぐるみを抱え込む子供のような風情だと思うが、そんな事を本人に言ったらきっと大層怒るだろう、と、少し笑う。
 柔らかく跳ねる金髪に頬を寄せると、風呂上がりのようなかすかな香りと一緒に、ひなたの匂いがする。
 太陽のような金の髪と、青空のような紺碧の瞳。体温は高いし、肌はいつもさらりと乾いているし、まったくギリシャそのもののような人間だと思う。そういえば以前、地中海から時折吹く激しい風が、まるでこれの癇癪のようだと思った事もあった。
 ・・・だが今は風が凪いでいるかの如く、ミロは静かに眠るばかりだ。

 −−−本当に、なんて静かなのだろうと、そう思う。
 私は少し躰を起こすと、枕に頬杖をついて、ミロの寝顔を眺めやる。
 ・・・穏やかな、深い寝息。まるで時計の秒針のように、規則正しく夜の時間を刻んでいる。乱れた金髪も構わずに、枕に頬をうずめて寝こけるその姿は、大変に無邪気だ。
 普段あれ程元気な人間が、こうも大人しく無心に眠っていると、それだけで無性に可笑しい。跳ねる金髪の端を指先で弄びながら、私は思わず笑みを洩らす。
 寝顔だけなら子供のように屈託無いが、しかしそれは、ミロの眼と口が閉じているからこそ言えることだろう。
 一旦起きれば、子供のようだとばかりも言っていられない。
 ・・・そんな事を思って、また独り小さく笑う。

 −−−暫くそうして寝顔を眺めているうちに、すっかり眠気が覚めてしまった。そして静かなばかりのミロにも、少しばかり飽きてくる。
 あまりに静かに、気持ちよさげに眠っているものだから。閉じた目蓋の奥の青や、いつも五月蠅いくらいに飛び出してくる多くの言葉、変化に富む表情。・・・そんなものが、殊更に見たくなる。

 寝顔もそれなりに楽しいが、しかしこれの面白みは、寝顔にあるわけでは無いのだ。

 ・・・ちょっかいを出す、というのはまさにこういう事だろうな、なぞと暢気に思いながら、私は手を伸ばしてミロの目元や額にかかる金髪をかきあげ、閉じた目蓋に唇を落とす。
 睫毛を確かめるように唇を這わせ、そのまま移動して耳朶を軽く食み、首筋に舌を這わせたあたりで、腕の中の躰がようやく僅かに身じろいだ。
 ・・・なんだ、と寝ぼけた声で呟くのが聞こえ、無意識に動きを遮ろうと腕が上がる。
 その腕をやんわり押さえ込み、首筋に軽く歯をたてるように口づける。するとミロはかすかに息を洩らして、眉根を寄せる。
「・・・何だよ、寝てんのに・・・勝手に触るな」
 その呟きに、私は薄く笑む。
「・・・眠っていていい。勝手にさせてもらうから」
 そう言い返し、小さく笑う。抱き寄せた躰に掌を滑らせて、喉元にもう一度噛みつくように口づけて。
 押し殺した吐息混じりに、ミロが何かぶつぶつ言っているのが聞こえる。横暴だとか安眠妨害だとか寝てられる訳ないだろうがとか、そんな事を眠そうに呟いていたようだったが、そのうち与えられる刺激が眠気を凌駕したらしく、ようやく眼がハッキリ開いてこちらを睨みつけてきた。
 −−−闇の中でも、光るように青い瞳。不機嫌な色で、真っ直ぐ射るようにこちらを見据える。
「・・・お前、寝ろよ。俺は眠い」
「だから寝ていていいと言っている」
 また小さく笑って耳朶に口づけると、明らかに躰をすくませる。それが楽しい。
「だ・・・っから!寝てられないだろお前が寝ないと!眠る前に散々ヤったろーが!」
「日付が変わった。昨日は昨日、今日は今日だ」
「はあ!?・・・馬鹿だろお前」
「お前に言われたくない」
「どっちがだ!」
 心底呆れ顔のミロに、苦笑する。・・・こちらとて、日付どうこうを本気で理由にしたい訳ではなく、馬鹿な言い分は百も承知だ。ただミロがぽんぽんと遠慮会釈無く言い返してくるのが面白いから、言っているだけで。
 また暫く何やらぶつぶつ呟いていたミロは、やがて、仕方ないなあ、と一言ぼやく。
 ・・・そして不意に口の端で笑んで、腕を回してくる。
「・・・訳の判らん事言って。かまって欲しい子供みたいだぞ、そういうとこ」
 言って、くすくす笑い、躰を寄せてくる。
 間近になった深青の瞳が細まり、更に深い笑みが浮かんで。・・・先程までの幼子のような顔は、もう何処にもない。

「−−−付き合ってやるよ、カミュ」

 −−−闇の中、笑んだ唇が当然のように、紡ぐ言葉。
 囁くように言ったその声に、誘われるように深く口づける。すると直ぐに応じて舌を絡めてくる、そんな様はとても子供ではあり得ない。
 むしろ私の方が子供のようだと言い放って笑むその有様と、先刻までの無垢な寝顔。同じ人間の示すものにしては余りに違って、こんな事の在る度に、私はいまだに驚くのだ。

 多様な多面、幾つもの表情。不意に見え隠れする其れこそがまさに、これの面白みだ。

 幼子のような無心、戦士の覚悟、屈託ない少年の無邪気−−−蠍座の酷薄。真昼のような笑顔と、夜のような笑みを意識か無意識か使い分け、閃かせて。
 ・・・ミロの温かい乾いた指が、髪の間に入り込んでくる。触れる指先の温度と感触が、酷く心地良い。
 唇で触れた肩先の熱さに、ギリシャの日差しを、また思う。

「・・・カミュ。あのさ」
 腕の中から、呼びかける声がする。
 見ると何故だか、ミロは先程とはまた違う奇妙な顔をしている。
 何だと尋ね返すと、こちらの胸元に頬を寄せたまま、んー、と唸って曖昧に眼を閉じる。
 ・・・そしてふわりと、小さな欠伸をひとつ洩らして。
「・・・やっぱ、眠い。付き合うけどさ、頼むからさっさと終わらせろ」
 あっけらかんとしたその言いように、思わず笑ってしまう。
 笑い事かと言って怒るミロを黙らせる為に、もう一度、口づけて。

 −−−太陽の匂いのする肌を、私は宥めるように、ゆっくりと抱き締めた。













<050127UP>



38番『朝のできごと』と対です。書き出しが同じなのは、一応ワザとで・・・。
今回は水瓶視点・夜バージョン。
・・・蠍は水瓶の寝顔見て幸せーで済んでも、水瓶は蠍叩き起こさないと気が済まないっちゅうカンジで・・・
性格から言うと逆のような気もするんですが、ウチの奴らは何故かこうなりました・・・。

・・・しかし。
ただただイチャついてるだけってカンジで何と申してよいやら・・・(=□=
どんどん腐れてるのは、一応自覚あります・・・ホントにただのバカッポー・・・(><;
しかも何時にも増して偽臭充満・・・捏造蠍と捏造水瓶。ううう・・・。
蠍はこういうカンジで書くのも面白いかなと思ったのですが・・・誘い受けの企み受け(?)が好きだったりするので(^^;)。
眠シチュも、一体おいらは幾つ書けば気が済むのか。
文章的にもどうも・・・読みにくいなあと思います。精進します・・・・・・。



モドル