レ  リ  ッ  ク















 ――――真夜中にふと眼を醒ますと、時々正体の知れぬ影を見ることがあった。
 自宮である宝瓶宮で、一人きりで眠る深夜。誰かと一緒の時には、決してその影は訪れない。茫洋とした、小宇宙の名残のようなその影が、ふわりふわりと宮の中を漂う。
 初めてそれに気づいたのは、宮を継承して間もなかった幼い頃だ。さすがに初見は驚いたが、しかしそれに悪意や害意は認められなかった。ただ寂しげにぼうと光るばかりのそれに、私はやがて慣れた。
 顕れる度に、じっと私はそれに魅入る。
 ――――ふわり、ふわりとたゆとう影。それが放つ気配には、自分の持つ小宇宙に驚くほど似通った凍気が、かすかに含まれている。
 ・・・恐らくは、遠い昔。前聖戦で命を落としたという先代のアクエリアスか、それとももっと以前の者か。ともかくこの宮をかつて居所とした者の残り火だろうと、見当はついた。
 何かを探すようにひとしきりそこらを漂い歩き、やがては影は宮の奥へと姿を消す。
 所在なげなその様を何度と無く月明かりに見つめながら、私は漠然と思った。
 ――――いつか、自分もあんな風に。
 ただ、ぼんやりとした思念だけの存在になって、此の場処に留まるのだろうか。
 女神の為に存在する筈の聖闘士が、一体現し世の何に心を残しているのか知らないが。あんな風にいつまでもいつまでも、心を残すようなモノを持ち、それに縛り付けられること。
 ・・・それが幼な心に、奇妙に恐ろしく感じられたのを、覚えている。










「う・・・っわー・・・。すごいな」
 その部屋の扉を開いた瞬間、ミロが呆れかえった声を上げた。
 宝瓶宮の、奥深く。殆ど宮主しか・・・いや、宮主ですら滅多に踏み込まない奥まったその場処は、一見しただけで膨大な歳月を経た古い部屋だと判る。石造りの壁にも埃が積もり、乱雑に積み上がった様々な物品は、色褪せて今にも崩れ落ちそうなものばかりだ。
 十二の聖宮の建築年数は、宮によってそれぞれに違う。下であればあるほど闘いに晒された回数は多く、幾度も建て替えられており、上に行けば行くほど破壊された経験の少ない古い建物となる。十一番目の此処、宝瓶宮は、敵が乗り込んできた事など神話の時代から数えても殆ど無いに違いなく、そういう訳で水瓶座の守護宮は相当に古い。
 長い歳月の中、幾人ものアクエリアスがこの宮に住まい、何かを遺してきた。幾代もの間に増え続けた大量の蔵書や、思い出のまつわる様々な品。そんなものが、この奥の間にはひしめいている。
「・・・で。お前はこの遺物の山を、どうするって・・・?」
 事前に話は聞いていたが、まさかこれ程に骨董とがらくたと古書と埃が積み重なっているとは思わなかったのだろう。ミロは大変に胡乱な顔で宮主を見る。
 カミュは、ミロをこの部屋に案内する前に言った言葉を繰り返した。
「整理したいのだ。あまりに乱雑で埃っぽいから」
「何故!?下手したら何百年も放置されてたものを、なんでお前がわざわざ掃除しようとか思うんだ」
 まったく余計な事を思いつく、と舌打ちせんばかりのミロに、カミュは冷たく返す。
「別に手伝ってくれと頼んだ覚えは無い。お前が手伝うと言ったのだ、嫌なら帰れ」
「う」
 簡単に言葉を封じられ、ミロは渋々といった風情で溜息をつく。そしてその青い瞳で、やや上目遣いにじろりとカミュを睨み上げた。
「・・・お前は俺の好意とか善意とか、そういうモノを一体何だと思ってるのかと時々疑うぞ」
「存分に疑ってくれ。一向に構わないから」
 余裕の表情でカミュが応戦すると、ミロはまた深々と溜息をつく。そして諦めたように、意を決して部屋の中にずんずん入って行った。









 ――――今まで手をつけようとも思わなかった部屋を、突然整理しようと思い立ったのは、深夜に出逢うあの影のせいだった。
 氷河の修行が終了し、私は聖域に戻った。シベリアで過ごした6年の間、定期的に聖域には戻っていたが、その間にはあまり影を見かけることもなかった。
 だが、いざ聖域に居を移してみれば、幼い日々と同じように月夜に必ずあの影を見た。・・・それもある時を境に、少しずつ影は濃くなっていく。
 ――――それは、日本から不穏な報せが聖域に入り始めた頃から。
 うっすらと聖域全体を覆う、不安と、動揺。そんなものに反応したかのように、茫洋としていた思念の塊は日毎存在感を増していく。
 これ見よがしに宮内をフラフラとする、死と妄執の残滓。それは何かを暗示しているようで、私は苛立った。
 影は、いつも所在なげに漂った末に奥の間へと消えていく。であれば、其処に原因となっている何かが、あるかも知れぬ。
 そう思ったから、わざわざ埃まみれの古物の山をひっくり返してみようと思いついたのだ。










 ・・・うわあ、というミロの叫びの直後、どっと何かが大量に崩れ落ちる音がした。
 数百年分の埃がもうもうと、空中に舞い上がる。一寸先も見えないほどの、凄まじい埃だ。
 白い煙の向こうから、げほんごほんと激しく咳き込むのが聞こえた。
 何を崩したのかとカミュが呆れて見ていると、やがて金の髪を真っ白にしたミロが、埃の靄の向こうからよろよろと出てきた。
「うげ・・・口の中まで埃が入った・・・!!」
「・・・何をしているのだ、お前は・・・・・・」
 冷たく言うと、ミロは顔をしかめつつ、けほけほと咽せこみながら言う。
「薄暗くて、足下も見えない。棚にけっつまづいたら、雪崩れた」
「・・・片づけているのか散らかしているのか、判ったものではないなお前・・・」
 部屋中に広がった埃は、カミュの髪や皮膚にまでまとわりつく。犯人を軽く睨み付けたカミュに、ミロは少し肩をすくめて、笑う。
「こんな処をひっくり返してたら、遅かれ早かれ埃まみれになるのは同じだろ」
 そう言って不意に手を伸ばしたかと思ったら、後ろ手に一つに括っていたカミュの髪を一房、その手にとった。
「白っぽくなってる。綺麗な紅なのに」
 そう言って、笑いながら指で髪筋を拭っている。お返しとばかりにカミュもミロの癖ッ毛頭を、布団を叩く要領でばたばたと払った。
「お前も。金色がくすんでいる」
「痛いって。加減してはたけよ」
 そう言って笑うミロの顔は、翳りが無い。
 ・・・だがその様子は自然なようで、寧ろ不自然だ、とカミュは思う。元々、ミロは勘がいい。理屈よりも先に肌で空気の変化を感じ取る、そのミロが、日本からもたらされる報に緊張する昨今の聖域の空気、そして自分の胸中を、感じ取っていない筈がない。
 唯一残った教え子を、逆賊と囁かれている、今の自分の胸の内。それをミロがただ黙って慮っているのだろうと思うと、カミュは溜息が漏れそうだった。
 だが、大抵の場合歯に衣着せぬミロが、今回ばかりは何も言わず、普段通りに振る舞ってくれるのが正直有り難いのも、また事実だ。
 普段通りに居てくれるなら、自分も普段通りに居られる・・・そんな気がして。
「・・・で。整理するって言うけど、何をどうすりゃいいんだ、このガラクタの山」
 腰に手をやり、改めて部屋の中を眺め回すミロの呆れ顔に、カミュは苦笑する。
「とりあえず、掃除と分別だな。・・・窓を開けようか」
 ひどく古びた窓枠を、軋ませながら、開く。
 途端、金色の陽光が室内に満ちる。空気に舞う埃の粒子がきらきらと光り、それはまるで極北で見るダイアモンドダストのようだ。
 ――――窓から外を見上げたカミュの目に、抜けるように澄んだギリシャの空が映る。
 息を呑む程に鮮やかな、青い空。・・・見慣れた筈のその色彩と光が、カミュにはまるで初めて見るもののように、酷く眩しく感じられた。










『マーマを、助けたいんです』
 薄い金色の髪をした、小さな子供。慣れない極寒の風に震えながら、何度も何度もその言葉を繰り返した。
『マーマはたった一人で、海の底にいるんです。俺を助ける為に独りぼっちで船に残った、だから迎えに行きたいんです』
 その、必死な瞳。
 ――――死に、魅入られたのだと思った。母親という名を借りた死が、この子を捕らえて離さない。そんな風に感じた。・・・そして、ふと思う。それは、あの宝瓶宮の影のようではないか。
 ・・・慄然とした。このままではこの子は、いつかあの影のようになるのではないか。強い想いを抱え込み、いつまでも囚われ、身動きも出来ず。
 たとえこの修行を生き残り、聖闘士となったとしても。ただ妄執にのみすがって生きる、茫洋とした靄のようなものになってしまいそうで。
 ――――幼い日、胸に去来した恐怖が、生々しく甦る。
 恐ろしいのは、己の命を落とすことではない。己が大事に思っている者の命や心を奪われること。生と死の狭間に捕らえられること…それこそが、恐ろしい。
 子供がこれ程の執着を見せる母親とは、どんな女性なのかとも思った。実際に海底まで潜り、その遺体に対面してみようかと考えたことも、幾度もある。
 だが、私はそうはしなかった。子供にも、母親のことは忘れよと繰り返し説いた。
 海の底にいる、美しい女。それはまるで、お伽噺のセイレーンの魔女のようで。岩肌と氷壁ばかりの筈の海底に、ぽっかりと死界が口を広げ、訪れる者すべてを魅惑し引きずり込もうようと待ちかまえている。そんな錯覚に陥る。
 ――――実際、私の手の内にあったもう一人は、その海底へと攫われたのだ。
 己の手の内にある者を、護りたいと。
 ただそればかりを、強く願っていた6年間だった。









「・・・これ、何だろうな」
 ひとしきりドタバタと遺物を引っ繰り返していたミロが、唐突に顔を上げて言った。
 部屋の隅でしゃがみこんでいるミロの背後から覗き込むと、ミロの手の中には、ひとつの古い小箱があった。
「綺麗な彫りが入ってる。けど、蓋が開かない。これも古いな、いつのだろう」
 そう言ってミロが差し出す小箱を、カミュは眺めやる。
 小さいけれど、細かな彫りを施した木箱。よく見れば美しいがよく見なければ埃にまみれて薄汚いそれを、カミュは手に取り、指先で埃を拭う。
 古書や絵画、でなければ比較的用途のはっきりした文具や生活用品が多い古物の中で、その小箱の繊細な趣は、他と雰囲気を異にしている。それでミロの目にとまったのかと、カミュは何気なく箱を引っ繰り返して底面を見る。するとそこには、掠れた青いインクの文字で250年ほど前の日付が書き込まれていた。
 カミュはそれをミロに示した。
「日付からすると、先代のもののようだ」
「うげー・・・250年前かよ・・・。この部屋、ホントにちょっとおかしいぞ、そこら中に200年前とか500年前とか、そんな物ばっかり」
「だから最初からそう言っているだろう、そういう部屋だと」
「・・・俺んとこには、こんな場処無い」
「代々の宮主の気質が知れるな。お前も物に執着するタイプではないし」
 小さく笑って、カミュは小箱の蓋に指をかけてみる。・・・だがミロの言うように、鍵穴もないのに蓋はぴくりとも動かない。
 ミロは相変わらず呆れ顔で、改めて周囲を見回している。
「モノに執着って言うけど・・・お前はどうなんだ。本は増やしてるみたいだけど、それ以外はお前だって、大して執着なんかしないだろう」
 ミロの言葉に、どうかな、と曖昧に返事を返しながら、カミュは手元の小箱をためつすがめつ眺める。彫りが多少凝っているというだけの、どうということもない小箱。・・・だが、どうも気になる。何故かと言えば・・・――――
「・・・見つけた。これだ」
「あ?」
 呟いたカミュの言葉を聞きとがめたミロに、なんでもないと返してから、カミュは言った。
「小宇宙を感じないか、ミロ」
「・・・何?」
 不審げに眉根を寄せるミロに、カミュは小箱に視線を落としたまま、言葉を接ぐ。
「この箱から小宇宙を感じる・・・とてもかすかなものだが」
「・・・何だって?」
 カミュの手から小箱を取り上げ、ミロもまじまじと検分する。
「・・・そう言われてみれば・・・あんまりかすかで、気づかなかった」
「だろうな。時を経て大分薄らいでいるようだし・・・私は同種の小宇宙を持っているから、気づいたようなもので」
「同種?」
「凍気だ、これは。『アクエリアス』の」
「お前の?」
「先代のモノだと言っているだろう」
 言ってミロの手から小箱を取り戻すと、カミュはもう一度底面をひっくり返してみる。・・・埃に掠れて、辛うじて読みとれる青い文字。ただ日付だけが淡々と記された、生真面目な筆跡。
「・・・内部を凍らせて、蓋を封じてあるようだ。フリージングコフィンの要領だから、これだけの歳月を経ても保たれている」
「へえ。開けられるか?」
 その問いにカミュは数秒黙り込み、やがて僅かに眉を寄せ、言った。
「・・・開けられないことはない。が・・・」
「何だよ?」
 不意に、カミュは苦笑する。
「・・・いざとなると、躊躇うものだな。私は実は、これを探していたんだが」
「これ? この箱をか」
「と言うより、先人の遺物を。残留思念の拠り所になっているモノが、あるようだった から、気になって」
「・・・ふうん?」
 どこか釈然としない面持ちのミロは、カミュ同様数秒黙り込んだ末、にやと笑う。
「そう聞くと、俺も気になる。何を躊躇っているか知らないが、お前が開けないなら俺が開けるぞ。この箱ぶち壊して」
 その蠍座らしい言いように、カミュはもう一度苦笑する。
「お前はこういう――――正体の知れないモノだとか、誰かの死の気配だとか・・・そういうものに躊躇や畏れが無いな」
「・・・あるさ。躊躇や、畏れなら」
 応じたミロの声音は、思いの外真摯だった。はたと目を上げると、視線の合った蒼い瞳は、静かにじっとカミュを見つめている。
「・・・俺にだって、勿論ある。先が見えないことや誰かの死に躊躇ったり、畏れを感じたり。・・・だけどそれは、こんなちっぽけな箱に対してじゃない」
 ――――そんな言葉を、淡々と紡ぐ。・・・その真っ直ぐな碧い視線の中に見え隠れするのは、漠とした予感。
 うっすらとした不安がひたひたと満ちる聖域が、その背後にはある。
 ・・・一瞬言葉を見失ったカミュはやがて、自嘲のように薄く笑む。
「・・・何はともあれ、開けてみなければ始まらないな。何が入っているやら」
 誤魔化しのように言ったカミュの言葉に、ミロも殊更には何も言わず、カミュの掌の中で小箱に小宇宙が集中する様を、黙って見守る。
 ふわり、と一際輝く凍気が放たれた瞬間、留め金の外れるかすかな音と共に、蓋が開いた。
 ――――途端、その場にはもう一つの凍気が、一気に広がり満ちる。
 カミュの小宇宙ととてもよく似た、だが確かに異なる強い力が白い炎のように立ち昇った。・・・その陽炎の中、揺らめき垣間見えたのは、ひとつの人影。
 ――――瞬く間に消滅した凍気の炎の後には、名残のように、ひとかけらの氷塊がカミュの掌の中でひっそりと輝いている。
「・・・何だそれ? 中に何か」
 まじまじとカミュの手元を覗き込んだミロが、不思議そうに呟く。掌の中の氷の欠片をカミュが窓に翳すと、その中には小さな美しい花が、閉じこめられていた。
 ・・・恐らくは250年も前、野に花開き、当時のアクエリアスの手によって永遠にその姿をながらえた、小さな花。
 ――――何十秒かの沈黙の後、ミロが先に口を開いた。
「・・・信じられない。とんだロマンチストだ、お前の先代」
 他に言葉も見つからない、と言った顔で呆れかえったミロの様子に、カミュもまた溜息とともに頷く。
「まったくだ。どんな思い出の品か知らないが・・・これは隠したくもなるな」
 数百年ぶりに陽光を浴びた花は、まるで生きているかのように瑞々しく、氷塊の中に佇んでいる。それは不思議なほど、死の臭いのない清楚さだ。
 ・・・まったく、とんだ笑い話だと、カミュはもう一度溜息を漏らす。
 あれ程に死の気配をまき散らしながら、人の目前を徘徊していた『先代』の執着が、よりにも寄ってこんなにも他愛ない、生気溢れるものだったなんて。畏れを抱いた自分は、完全に馬鹿だ。
 ――――だが、大事なモノ、なんてこんなモノなのかも知れない、とも思う。
 本当に大切で失えないのは、大層な大儀や建前などではなくて。馬鹿馬鹿しいほどに些細な、日々に交わす言葉や笑み、温度。そんなものばかりだ。
 この小さな花は、先達にとってそんなものの一つだったのだろう。
 ――――最後に遺したものが誇りでも矜持でもなく、あんなちっぽけな物への執着だけだというのなら。先達は意志を奪われ心を失い縛り付けられていたのではなく、自らの意志で好きこのみ、あのちっぽけなものに縛られたのだ。そんな愚かな自分に、きっと手前勝手に満足しているに違いない・・・そんな気がする。
 例えば教え子と過ごした極北での6年間、或いは幼い日、聖域でミロの隣で過ごした年月。
 自分にとっては、それらこそが、氷の中で咲き誇る花のようなものかも知れない。
 仮初めのようであっても、周囲がどんなに冷たく、死の気配が拭えなくても。
 そこには確かに、輝く花のようなものがあった。そしてそれは、今もまだ確かに自分の手の中にある筈。
 どんなに遠く離れたように見えても。どんなに道を違えたように見えても。








「・・・この花、好きな奴に貰ったのかな。えらい可愛らしい事するよなあ、『先代』」
 手の中で件の氷塊を転がしつつ苦笑して、ミロが言う。
「でもこの花、俺も好きなんだ。慰霊地に咲いてるの、お前知ってる?」
 カミュがかぶりを振ると、ミロは意を得たように、にっこりと笑む。
「じゃあ『今代』のアクエリアス殿には、俺が摘んで差し上げようか。ちょうど今時期、満開の盛りだぞ」
 そう言って強引に手を引いたミロの笑顔は、やはり翳り無い。
 ――――こんな、強さ。
 見えない未来も何もかも、受け入れて尚まっすぐに立つ、この強い光。
 何度挫けそうになっても、必ず立ち上がって目的を見失わなかった、教え子の不屈の瞳。
 そんなものに、一体幾度、救われてきただろう。
 ・・・古びた部屋を抜けだし、花を目指して先を歩くミロの髪が、金色に輝いている。
 その光を見るとも無しに見やりながら、カミュはたったひとつを、心に決める。
 ――――失えない、大事な者たち。
 自分にとってかけがえの無いものを、取り違えるまい。恐ろしいのは執着にとらわれることではなく、護るべきものを護れないこと。
 ・・・彼等を失わずに、済むのなら。
 あの氷の中でも咲き誇る花のように、儚いけれども鮮やかに息づくものを、損なわずに済むのなら。
 何を引き替えにしても、どんな結果になったとしても、それでいい。
 執着に過ぎたと笑われるほどに、執着出来るものがあるのなら、それは寧ろ畏ろしいことなどではなくて。



    多分、とても幸せなことなのだから。














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2006年にコピー誌としてイベントで無料配布したssです。少しだけ加筆訂正していますが、ほぼそのまま。十二宮編直前時期。
当然、LCを読む前に書いたものなので、デジェルとは何の関係もありませぬ・・・少なくとも書いた時点では。いずれ絡めてLCネタとして書いてもいいかも知れないなあと、冗談のように今は思っておりますが予定は未定。
これを書いた時、『こういう雰囲気の話が書けたらいいな』という、『雰囲気』に対する割とハッキリとした目標が、いつもよりもあったように思います。実際の出来がそうなっているかどうかはまた別の話ですが…。









モドル