◇ Kid Stuff ◇
















 聖戦終わった聖域は、大層のんびりとした処だった。
 教皇になった双子の兄から双児宮を受け継いだカノンは、実のところ、そんなお気楽十二宮が結構気に入っていた。
 昔、兄の影として密かに暮らしていた頃の聖域は、只々息が詰まるばかりだった。だが今は、十二宮の住人それぞれが好き勝手気儘に過ごす、暢気な日々だ。暇に飽かせて日がな一日、石段の隅でぼーっとして過ごしたりするのは、嫌いじゃない。
 ・・・だがそんな時間を、持て余し気味になっている輩だって、やはりいるのだ。





「あ〜……暇だ……」
 双児宮の居間、ソファを我が物顔で乗っ取ってゴロゴロしているのは、蠍座。
 ミロは先刻から、暇だとか退屈だとか、そんな事しか口にしていない。
 聖戦が終わってからこっち、緩みきった緊張感と激減した任務。獅子座あたりからは、退屈だとぼやくのはミロの口癖のようなものだと、カノンは聞いていた。実際、ミロがこの台詞を呟いているのはよく耳にしたが、しかしそれにしても、このぬるま湯のような時間を如何ともし難いというのも確かなようだった。わざわざ五つも先の天蠍宮からやって来てクダを巻くくらいだから、推して知るべし。・・・そう胸の中で呟き笑って、カノンは通りすがったソファの処で足を止めた。
 ミロは猫のように気儘にやって来ては、猫のように双児宮の日なたでゴロゴロと好き勝手している。だからカノンもこんな時、猫を扱うように、ミロの事は放っておくことにしている。
 そして気が向いたときに、この金色の猫を少々からかったりして、遊ぶのだ。
 カノンはソファの背もたれから、転がっているミロを覗き込む。
「そんなに暇なら、どこか外出でもして来たらどうなんだ。木偶の坊じゃあるまいし」
「・・・一人で?」
 蒼天の瞳が、不機嫌に見上げてくる。仏頂面の癖に少しも曇りを見せないその青さに内心感嘆しつつ、カノンは言う。
「水瓶座はどうした。またシベリアか?」
「・・・・・・」
 ぶすりと黙り込んだ処を見ると、正解らしい。聖戦後、修行地であったシベリアで弟子が暮らしているとかで、カミュも頻繁に極北に戻っているという話は、カノンも聞いていた。
 どうやらこの猫・・・もとい蠍座は、それが気にくわないらしい。
 子供じみた拗ね方をしている、と笑うカノンを、ミロはじろりと睨み上げる。
「一人で出かけたって、詰まらないだろ!あんたが付き合ってくれるワケでなし」
「ヤロー二人でお出かけして楽しいって方が、どうかしてると思うがな。・・・ああでも」
 にやりと笑って、カノンは言った。
「・・・外出はともかく。夜のお相手なら、アクエリアスの代理になってやってもいいぞ?」
 −−−直後に光速の蹴りが飛んできて、カノンは寸手の処で何とかそれをよけた。





「おおーい。アリエス、いるかー」
 双児宮から二つ下、十二宮最初の聖宮・白羊宮。
 プライベートエリアの入り口で、カノンが間延びした声で宮の主を呼ばわっている。
 やがて出てきたのは、宮主のオマケを自称して憚らぬ、小さな弟子だった。
「あれっ、カノン様。どうしたの?」
 大きな瞳で見上げてくる貴鬼の言葉に、カノンは思い切り嫌な顔をした。
「『様』はやめてくれ。気味が悪い」
 開口一番のそんな台詞に、貴鬼はけらけらと軽い笑い声を上げる。
「他のみんなと同じ事言うんだね。おいら、ムウ様にも最初は随分、文句を言われたんだ。様って付けて文句言わなかったの、サガ様だけだよ」
「あいつは変だから」
 きっぱりさっぱり断言するカノンに貴鬼はまた笑って、改めて言った。
「で、どうしたの?ムウ様に何かご用?」
「いやまあ・・・ちょっとコレを」
 と言いつつ、カノンは羽織っていた上着の影から、自らの右腕をひょいと出した。
 ・・・その右腕は、真っ赤な血糊に染まっていた。
「っきゃーーーッ!?!?な、何ソレ!?どうしたのッ!?」
 無造作に布を巻き付けてあるが、それでも滲む布からぱたり・ぱたりと血が滴っている。カノンは困ったな、というようにぽりぽりと左手で頭をかいた。
「ちょっと・・・ええと、猫に引っかかれたんだが」
「猫ーッ!?馬鹿言わないでよ、どんな猫が黄金聖闘士にそんな傷付けられるってのさ!?」
「あー・・・うんまあ・・・一応よけたんだが・・・」
「あーもういいから!!とにかく入って!ムウ様、ムウ様〜〜〜ッ!!」
 血相を変えて奥へと主を呼びに行く貴鬼の後から、カノンはまた困ったなあというように髪をかきあげつつ、それに続いた。





「・・・で。一体この傷、どうしたって言うんです」
 取るモノ取り敢えず、常備してある薬草と自らの小宇宙でカノンの手当てを終えてから、ムウはにっこりと笑んで患者に尋ねた。
 綺麗に包帯が巻かれた腕を確かめるように前後に振りつつ、カノンはどう答えたものかと、渋面だ。
「・・・猫に引っかかれた」
 貴鬼に言った言い訳を繰り返すと、ムウは再びにっこりと笑う。
「猫、ね。治療者としては聞く権利はあると思うんですが、一体どちらの『猫』でしょうね?」
 はあ、とカノンは溜息を落とし、諦めて言った。
「・・・天蠍宮の、気の荒い猫だよ」
 やっぱり、とムウはくすりと笑う。
「また何か馬鹿な事言って、怒らせたんでしょう。からかうのも大概になさいよ」
「些細な冗談に光速拳で応酬ってのは、聖域流か?一応はよけたんだけどな・・・」
「ちゃんとよけられて無いじゃないですか。ナマってるんじゃないですか、貴方」
「よけたんだって!風圧で斬られただけで」
 言い訳がましいカノンに、ムウはからりと笑う。
「充分ナマってますよ。サガが聞いたら、ミロでなくて貴方にもう一発光速拳が飛んできそうな話です」
「あいつはミロ贔屓なんだから、そりゃ肩持つに決まってる」
 やれやれ、とカノンは肩をすくめるが、大して深刻味の無い表情でしげしげと包帯でぐる巻きの腕をためつすがめつ眺めている。
「まあ何にせよ、助かった。放っておいてもそのうちに血なんか止まるだろうと思ったんだが、存外止まらなくってな。暫くしたら、妙に痛むし痺れて動かなくなってくるしで、さすがに不気味になって来てみた。あんたの処なら、薬草の一つもあるかと思って」
 意を得たように、ムウは笑む。
「治ったでしょう?大方そんな処だろうと思って、特製の膏薬を塗って念入りに小宇宙で毒抜きしておきましたから」
「・・・毒?」
 怪訝顔のカノンに、あっさりと言う。
「蠍の毒ですよ。ミロの光速拳には、毒があるから」
「・・・スカーレットニードルなんか、さすがに食らってないぞ?」
「必殺技でなくとも、そうなんですよ。あの人の攻撃小宇宙は、どんな時でも相手の神経系にダメージを与えるので」
「へえ・・・」
 感心したように、カノンは手を握ったり開いたりして感覚を確かめつつ、言った。
「それって、結構危なくないか?鍛錬で傷付けたり付けられたりなんて、日常茶飯だろうに」
「そうなんですよ」
 ふふ、と牡羊座は笑う。
「それで死にかけた人間が多数いるので、かえって治療法も確立しているという訳です。膏薬の処方箋は、我が師シオンのとっておきですよ。さすがにスカーレットニードルの毒までは中和できませんが、通常レベルの傷くらいなら治療できます」
 そしてちなみに、とムウは続ける。
「貴方のその傷、一晩放置してたら腕が腐り落ちてましたよ。此処に来て正解です」
 にっこりと事も無げに言うムウに、カノンは渋い顔で溜息をつく。
「・・・成程な、ミロが血相変えるワケだ。実はあいつがやたら深刻なツラして、すぐにお前のとこに行って手当してもらえって喚くから、来たんだ。うるさいから追っ払ったけど」
 言いながら、カノンは双児宮でのことを思い返す。傷を負わせたと判った途端にミロはやたら慌てて、彼らしからぬ様子でしょぼくれていた。仮にも聖闘士、傷の一つや二つ珍しくも無し、何でこいつはこんなにも大げさな反応をするのかと思ったのだが。こういう事情だったのか、と今更に判る。
 ふと思いついて、カノンは聞いてみる。
「・・・もしかしてこういうの、あんたらみんな経験済みか?」
「そうですね。黄金みんな大抵、鍛錬に付き合ったりしている中で一度は貴方と似たような経験ありますよ。何しろあの人も、短気な質だし」
 手元の包帯や薬草を薬箱に戻しつつ、ムウは昔を思い出してくすくす笑う。
「それでも、以前よりは随分マシになったんですよ。その『毒』にしても気短な性質にしても、幼い頃は本当にコントロールが出来てなくて、本人も苦労したようです。・・・何しろ一番被害に遭うのが、一番鍛錬に付き合ってくれる親しい相手なワケだし」
「・・・カミュか」
「そう。この特製膏薬に一番世話になっているのは、カミュです。何度かは本当に重傷で、それこそ腕の一本も落ちるかという事もありました」
 それはミロがしょぼくれもするだろう、とカノンは苦笑する。聖戦前の事は自分は知らないが、端から見ていても(ミロをからかう迄も無く)明らかに単なる同僚や友人の域を超えているのは明白で、それは幼い頃から共に過ごしてこそ培われたものだろうと、容易に想像はつく。
 そんなかけがえが無い者を傷つけることで、自分自身どれ程傷ついてきたのだろうか、と思う。
 この荒涼とした聖域の中で、大切なモノを護るという事の本当の意味を必死に模索する幼い姿が、思い浮かぶ。そしてその過程で温められたであろう、ささやかな交流の積み重ね。
 そうして得た絆は、きっと何かで代わりのきくようなモノでは、決して無い。それを判っているから、敢えてちょっかい出したり、からかってみたくもなるのだけれど。・・・そんな事を思って、カノンはまた笑う。
 彼等の成長していく姿を、傍らで見てこれなかったという事が、今更のように少しだけ残念に思えたりもして。
 薬箱をしまったムウは、今度は茶を用意してティーカップをカノンと自分の前に置いた。
「・・・まぁ結局の処は、拳を食らう方の未熟や油断だって話になるので、誰もミロ責めたりはしませんでしたけどね。本人にも不可抗力の事ですし。それに何より、最大の被害者が全然、全く、気にしてないので」
「成程」
「成程、じゃありませんよ。未熟や油断だって言ったの、聞こえてますかカノン」
 呆れる牡羊座にカノンは僅かに肩をすくめるばかりだ。そんなカノンの素振りに、ムウは更に呆れて言った。
「そういえば聞き損ねましたが、貴方一体、ミロに何を言って怒らせたんです」
「別に・・・ただ、アクエリアスがいなくて暇だとかつまらないとか、クダ巻いてたんで」
「ええ」
「夜のお相手だったら代理になってやってもいいって言ったら、蹴りが入った」
「・・・・・・・・」
 −−−暫しの無言の後、ムウは溜息を落とす。
「・・・結構、下らない事言うんですね、貴方」
「ムキになって怒るから、からかいたくなるんだよ」
 カノンは、頬杖をついた掌で口元を隠すようにして、笑う。
「なあ、あいつらってガキの頃からツルんでるんだろ。いつからデキてんの?」
「・・・いい歳してホンットに下らない事聞きますね・・・」
「まったくだ・・・!」
 突如割り込んだ、第三の声。振り向けばそこには、当の蠍座の姿があった。不穏な空気をザワザワとまとい、此処まで案内してきたらしい貴鬼が冷や汗かいてたじろいている。
「・・・ちゃんと詫びを入れようと思って来てみれば・・・!どーゆー与太話してるんだカノン!!」
 話題の当人の突然の出現にも、カノンは少しもたじろがない。余裕の笑みをにやにや浮かべて、金髪を逆立てる蠍、もとい『気の荒い猫』を見やる。
「どーゆーって、だからお前とアクエリアスがいつからデキてるのかって。いつから?」
「黙れっつうの!ホントどーしょーも無い事ばっか言いやがってこのオヤジ・・・」
「クソガキに言われたかないね」
 くつくつと押さえきれない笑いを漏らすカノンに、ミロは更に何か怒鳴り返そうとする。−−−が、不意にその開いた口をやんわりと押さえる、白い手。
「そのくらいにしておけ。お前が怪我をさせたのだろう、少しは遠慮しろ」
 ・・・見れば、ミロの背後にはもう一方の話題の人、水瓶座が立っていた。
 カミュはやんわりと笑んで、宮主であるムウを見る。
「勝手に入って済まない。シベリアから戻った処なのだが、ミロの気配がしたものだから」
「・・・構いませんがね。凄いタイミングですね貴方・・・」
 呆れて表情が失せた顔で応じた牡羊座に、一方のカミュは彼らしからぬ、にっこりとした笑顔。
「長年の腐れ縁の成せる業、かもしれないな。『これ』がまた暴れ出す前で良かった」
 『これ』扱いされた当のミロは、口を塞がれたまま、むぐむぐと意味不明な音声を発しているが、完全に無視されている。
 カミュはムウに向けていた紅い瞳を、今度は双子座に向ける。
「ミロが迷惑をかけたようだ、済まない」
「・・・それって、お前に謝られる筋合いなのか?」
 面白そうに言った双子座の言葉に、カミュはまたしでも不自然なまでの、笑顔。
「生憎、そういう『筋合い』だ。どうせ私が居なくて拗ねていたのだろう、この蠍」
「・・・ご明察」
 降参、というようにひらひらと片手を振ったカノンに、カミュはもう一度にっこりと笑む。そして、邪魔をした、という一言を残してミロを抱えたまま、カミュはさっさとその場から踵を返す。・・・が、ふと入り口で立ち止まって、振り向いた。
「・・・そう言えば、カノン」
「んー?」
「先刻の話だが、15だ」
「あ・・・?」
 怪訝顔の双子座に、カミュは扉の影から微笑をちらつかせる。
「−−−いつから、と言ったろう? 15の歳だったな」
 ・・・ふわり、と紅い残像を残して去った水瓶座を、双子座と牡羊座が無言で見送る。
 −−−数十秒後。
 ぼそり、とカノンが口を開いた。
「・・・なあ、ムウ」
「はい・・・?」
「あいつ・・・一体いつから話を聞いてたんだと思う?」
「・・・さあ」
 更に、数秒の間。
「なあ、ムウ」
「何です」
「あれってさ・・・」
 くすり、と笑いを零して、カノンはムウを見やった。
「あれって、もしかして嫉妬・・・ってか、牽制?」
「・・・でしょうね」
 はあ、と呆れた溜息を落としたムウを尻目に、カノンは可笑しそうに笑う。
「アテナの聖闘士は、嫉妬の女神にも愛されてると見えるな。面白い」
「馬鹿言わないで下さいよ。勘弁して下さい」
 脱力して呟くムウに、カノンはまた笑う。
 ・・・人外の異能を持ち、殺伐とした闘いの中で育ったのだろうに。こんな些細な事で、寂しがったり拗ねたり怒ったり妬んだり。そんな人間臭さは、まるでギリシャ神話の神々のようだ。
 昔、暮らしていた頃には、息が詰まるばかりだった。
 だがこんな聖域だったら、決して居心地は悪くないと思う。
 カノンは手元のティーカップをワイングラスに見立て、掲げて見せる。
「−−−愛すべきクソガキどもに。神々のご加護がありますように」
 楽しげに言ったカノンの台詞に、ムウの呆れ顔だ。
 ・・・貴方こそまさにクソガキみたいですよ。そう応じた牡羊座の言葉に、カノンはまたひどく楽しげに笑った。













<051103 UP>



平素大変お世話になっている&仲良くして頂いている、みかげ様へ。いつも本当にありがとうございます…!(;v;)!
随分以前に承ったリクで、頂いたお題は
『水瓶蠍・獅子乙女前提、年少組のお茶会、羊(黒)や牛なども登場、二つのCPが席上で話題に』もしくは、
『水瓶蠍前提、他の黄金メンバー(カノンなど)と仲良く過ごすミロを見て嫉妬する先生』
のうち、どちらか、というものでした。
結局は両者を足して2で割ったよーなカンジに……しかも何やら大変にしょーもない……!(><;)
すすすすすいませんこんなんで…!!
か…書いてる本人は結構楽しかったりしたのですが…私が楽しくてどうするよ……(=□=;
えーとえーと、こ、こんなんでよろしかったら、お納め頂けたら幸いですみかげ様…
お粗末様でございましたm(_ _)m










モドル