光在る場処









  ・・・初めてその躰に触れたのは、15の歳だった。今から一年ほど前のことだ。
 何がきっかけだったかは忘れてしまった。幼い頃から誰よりも身近で、誰よりも大切に思っていた者。周囲には大勢の人々がいたが、本当の意味で対等である者は数少なく、更にその中で、失えない存在だと思えたのは、彼だけだった。
 友人であり、仲間であり、家族であり、ライバルであり。そしてそのどれでもない。相手は自分にはないものを持ち、自分は多分、相手にないものを持っている。
 いつも強気で、笑った顔がとても好きだと思っていた。日の光が似合う金の髪が、綺麗だと。
 ・・・初めて触れたその躰から伝わる熱の、思わぬ心地よさに驚いた。大切だと思える者の存在を、こんな風に確かめることが出来るのかと、初めて知った。自分が触れた掌に、相手もまた楽しそうに笑うのが、とても嬉しかった。
 それから時折、お互いそうしたい時に、気儘にそうしてきた。深夜に時々、長い聖なる階(きざはし)を行き来する自分たち。その道程の途中に宮を構える生真面目な仲間は、気遣いのある無関心さを貫いてくれていて、それが有り難かった。
 ・・・14の歳から一年の大半を北の地で過ごし、聖域には時折戻るという生活。半年も経った頃にはお互いすっかりそれに馴染んだが、そんな中で生じたのが、この習慣。自分が戻るといつもとても喜んで、宝瓶宮に押し掛けてくる友人。自分が不在の間にあったことなど楽しげに話し、北の地での様子を聞き、逢わずにいた時間を埋めようとするように触れてくる。・・・それは多分、お互いにとって大事な確認の作業だった。







「・・・髪、また伸びたなあ」
 一ヶ月ぶりに主が戻った宝瓶宮の寝室で、ミロはシーツの上からカミュの顔を見上げて、ふと言った。
 屈みこんでくるカミュの長い髪が、自分の胸元に落ちかかるのをすくい上げて、検分するようにまじまじと眺める。青い月光だけが光源の部屋の中で、カミュの赤い髪は不思議な色合いに見える。
「綺麗だぞ。紫っぽく見えて」
「・・・そうか?」
 ミロのはだけたシャツの隙間に唇を落として、カミュは一応聞き返す。だが自分の髪のことなどに興味はない様子で、その声音は上の空だ。
 だがミロはそんなカミュに素振りに構わず、相変わらず相手の髪を指で梳くように弄んでいる。
「随分伸びたよなあ。子供の頃は確か肩くらいの長さだったのに、今じゃ腰に届くもんな。・・・でもいいよな、真っ直ぐだから扱い易そうで」
 そんな事を言っているうちにも、カミュのひやりとした手が首筋を包むように撫でて、唇がそのすぐ傍をなぞる。くすぐったそうに笑って身じろきするミロは、それでも相変わらずカミュの髪を指に絡めて、楽しげだ。
「お前の髪、サラサラしてて触り心地がいい。・・・それに風に煽られてるとことか、見るのが好きだ」
「・・・私は」
 カミュは小さく笑って、ミロの奔放なその気質のようなくせのある髪をかき上げ、耳朶にくちづける。
「私は、お前の金髪の方が好きだ。日の光が似合う」
「そうかあ・・・? くせっ毛だから時々猛烈に邪魔だけどな、これ」
 そう言って、ミロは少し不満げに自分の髪を一房つまみあげて、カミュの目の前でくるくるひねる。あちこちに飛び跳ねるその髪筋は、月の光の元でも金細工のような淡い光を放っていて、それにカミュはまた微笑する。
「・・・美しい金色なのに。そんなに邪魔なら切ればいい」
「切ったら切ったで邪魔なんだ。余計収まりがつかなくなる」
「そうか・・・?」
 ミロの手からその金髪の一房を取って指に絡ませ、カミュはそれにくちづけて微笑する。
「・・・初めて、お前を見た時の事を覚えている。・・・太陽のようだと思った」
「この髪のせいでか? それは随分、大袈裟だぞ」
 くすくす笑って、ミロは両腕をカミュの首に回して抱き寄せる。・・・腕に絡みつく、赤い髪。それに頬を寄せて、目を閉じる。
「・・・こんな風にな」
 肌で感じる、冷たく冴え々とした気配。しんとした冬の森のような空気が、いつもそこにある。
「こんな風に、髪の長さだの色だの・・・どうでも良いような事を確認したりして、傍にいるのが気持ちいい。・・・『近い』ってのは、いいな」
「・・・普段が『遠い』から、そう思うだけかも知れない」
 少しからかうように囁いたカミュの言葉に、ミロは薄く目を開いて、笑む。
「・・・どうかな。言っておくけど、いつも傍にいた方が嬉しいんだぞ。・・・でも」
 自分の額を相手の額に寄せて、間近な赤い瞳に向かって、笑う。
「でも、こういう・・・いつもは『遠い』が、時々『近い』ってのも悪くはない。最近はそう思う」
 そんな言葉に、カミュはかすかに笑みを返して唇を重ねる。そしてそのまま、顎から首筋、胸の線を唇と掌でたどっていくと、ミロがかすかに吐息を漏らすのが感じられた。・・・重ねた腕に、金と赤の髪が混じり合って絡みつく。
 ・・・抱き寄せた躰に頬を寄せて、カミュは静かに目を閉じる。
 どんなに遠くにいても、この場所に帰れば必ずここにいてくれる。その安心感があるから、隔たった距離や時間すら、大事に想っていられる。届かない部分があることは、決して不幸なことではないと、そう思える。
 聞こえる鼓動は規則正しく穏やかで、触れた肌の温度は、まるで温かい水の底にいるような錯覚を呼び起こす。どんな時も冷気の方が親しく馴染むのに、この熱さだけは何にも増して心地いいのが、とても不思議だ。
「・・・気持ちがいいな」
 思わず独り言のように呟いたカミュの言葉に、ミロは楽しそうに、俺も、と言って笑ってくる。そんな反応に小さく笑んで、また躰を抱き寄せる。
 ・・・なぞる躰の輪郭が、今確かにこの手の中にあるという、この実感。声や吐息や体温、それこそ髪の一筋まで、確かめて抱き寄せて近づけて、自分の気配で取り込んで。・・・それが、こんなにも気持ちいい。
 −−−自らの命も心も、自分のものですらないから、きっといつかは全てを失う。それでも、誰かをこんなにも近くに感じて、大切に思えること、それだけでもまるで奇跡のようで。
 この奇跡を与えてくれた偶然に報いる為なら、何を差し出しても惜しくは無いだろうと、そう思う。
 ・・・確かめるように探る指や唇に、僅かずつ、ミロの吐息が乱れてくるのが判る。
「・・・っ、う・・・」
 押し殺しても漏れる声を唇でふさぐと、じれったそうに、もっと深くとくちづけてくる。そんな素直な反応が楽しくて、わざと焦らすように少しずつ、それでも確実に感覚を煽っていく。
 ・・・やがて耐えかねたようにミロの手が、自分の首筋に唇を落とすカミュの髪をひっつかまえた。
「・・・っ、お前・・・、遊んでるだろ・・・っ!?」
「楽しんでいるだけだ。髪を引くな、痛いだろう」
 カミュが小さく笑ってまた耳朶に深くくちづけて舌を這わせると、それと判るほど身を竦ませて息を乱し、五指に赤い髪筋を絡ませた手が所在なく宙を掴む。
「・・・ッ!くそ・・・っ・・・殺すぞ、カミュ・・・ッ」
「やめてくれ。お前が言うと冗談にならない」
 苦笑混じりにそう答えて、宥めるように抱き寄せた躰を抱き締めると、腕の中でミロが小さく息を吐いて、僅かに躰の力を抜くのが感じられる。
「・・・、・・・人の躰で遊ぶな・・・」
 不機嫌そうにそう呟いたミロに、それが楽しいのだが、とはさすがに言わずにおいた。代わりにまた少しだけ笑って、黙ってその肌に再び唇を落とした。





「・・・そう言えば、髪といえばさ」
 深夜、裸のまま毛布にくるまってごろごろしていたミロが、ふと思い出したように言った。傍らのカミュが、やや呆れた視線を向けてくる。
「・・・なんだ? まだ髪の話か」
「そう言うなよ。お前んとこのチビどもさ。氷河が金髪でアイザックが銀髪だろう。金銀で綺麗だって、前から思ってたんだよな」
「ああ・・・」
 自分の育てている子供の話が出て、カミュは表情を和らげる。
「・・・そうだな。対のようで、見ていても楽しい。二人とも色の薄い髪だが、その分とても綺麗に光る」
 そう言って珍しくにっこり微笑など見せるカミュに、ミロは少し面食らった顔で、黙って相手の顔を見上げる。そしてやがて苦笑して言った。
「・・・お前って、ホント親馬鹿っていうか師匠馬鹿だよな・・・知ってたけど」
 そう言って、また笑う。・・・ミロにしてみると、自分の知らない土地で、自分の知らない時間を過ごしているカミュに対して多少複雑な思いが無い訳でもない。だが、カミュが二人の子供たちを本当に大事にしているのは端で見ていてもよく判ったし、そのせいでこんな笑顔を見られるのなら、それは自分にとっても役得だろうと思うようにしている。
 それに実際、ミロの目から見ても氷河とアイザックは素直で真面目な、可愛い子供だった。時折シベリアに遊びに行って彼らをからかうのを、ミロも楽しみにしている。
 ミロは、毛布の陰から傍らのカミュを見上げて、言った。
「・・・なあ、またそのうちシベリアに行ってもいいか?・・・お前らの邪魔にならないなら」
「邪魔など」
 カミュは笑う。
「そんな風に気を遣うお前は、気味が悪い。・・・いつでも来るがいい。氷河たちも、お前が来ると楽しそうだ」
「そうか」
 嬉しそうに笑ったミロを、カミュはしばしその赤い瞳で眺めた。そしてふと、ミロの額にかかる金の髪をかき上げるように、手を当てる。
「・・・何だ?」
 何やら言いたげなカミュの顔に、ミロは不思議そうに見上げてくる。
 カミュはやはり何かを言いかけたようだが、しかしすぐに思い直したように、薄く笑む。
「・・・いや。・・・本当に、いつでも来るといい。もし、そうしたければ」
「珍しいな。あまり宮を空けるなとか言いそうなのに」
 軽口で答えながらも、やはり嬉しそうに笑むミロに、カミュはただ黙ってかすかな微笑を返す。
 −−−そんな雑談をぽつぽつしているうちに、やがてミロは寝息をたてはじめる。・・・そのミロの顔を、カミュは傍らで改めて眺め、頬杖をついてぼんやりと考える。
 ・・・幼い頃から、思っていた。本来ミロは、こんな風に接触する人間も少ない環境で、たった一人で広い宮に暮らすことに、向いている性質ではない。人と関わる事を好み、その中で得る経験を恐れず糧にしていくタイプだ。だが黄金聖闘士としての力を持つばかりに聖域で育ち、限られた人間としか関われない閉鎖された環境の中で、やむなくミロは自分の在り方を努力して変えてきた。それをカミュは知っているから、時々ミロを見ていて胸が痛む。
 カミュすらいない聖域で過ごす日々が、ミロにとってどんなものなのか、カミュは想像するしかない。そんな素振りは全く見せないが、もしかしたら随分寂しい思いもしているかもしれない、とも思う。
 ・・・だがそれでも、同情は慰めになどには決してならない。それよりは、お互いの強さを信じること。それこそが支えになると、そう思う。
 決して何にも寄りかかってしまいたくない。己の在るべき場所で、顔を上げて立っていられる事。それこそが、自分たちにとっては生きると言うこと。そう在るからこそ、お互いを大事に思うことも出来る。
 ・・・眠るミロの額にまた手を当てて、ミロの小宇宙に触れてみる。眠っているので大分薄らいではいるが、それでも、鮮やかで明るい、光のような小宇宙がそこにある。幼い日、初めて逢った時に太陽のようだと思ったのは、何も髪のせいだけではないのだ。
 ・・・どんな闇も孤独も、この光を曇らせることは出来ないと信じること。それしか、出来ないけれど。
 その信頼が少しでも支えになることを、カミュは心から願っていた。
















 ・・・要するに。・・・遠恋?(大爆笑)

 ええーと、一応16歳頃の設定です。
単にくだんない雑談しながらいちゃいちゃしてんの書きたかっただけっす〜(^^;)。適当に行き当たりばったり書いてるから、えらく散漫なカンジの駄文でスンマセン。
 原作カラーの髪の色の対比って綺麗ですよね。赤と金・・・派手じゃのう・・・。絡み合ったら映えるだろうなあ、とか・・・(笑)。せっかく長髪軍団だし、髪ネタって結構萌えです。
 アイザックの髪、銀髪とか書いたけど実際の原作設定(あるのか?)知らないんですよ・・・(^^;)。本当は何色なんでしょう。ご存じの方いたら教えてください・・・。銀だったら、氷河と二人で金銀で綺麗なのになー、と思ったんですが。(しかし金銀のガキに赤髪の師匠・・・すげえカラーバランスですな・・・)。

 それにしても、書けば書くほど、わがしの性格に妄想フィルターがかかってるカンジがします・・・(^^;)。まあパロだとゆーことでお許しを・・・偽〜。ウチのわがしは、みろりん相手だと結構笑ったり慌てたり怒ったりしてますが、他の人の前だとかなりつっけんどんで無表情かと思います。




モドル