15歳の日常。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 それは、ある晴れた秋の日。聖域でも、少し風に肌寒さを感じ始める季節のこと。
 十二宮からは少し外れた岩山の狭間に、聖闘士たちの住居や闘技場などが集まった集落がある。そうした集落は、広大な山地をまるごと擁する聖域内のあちこちにあったが、その場所は比較的十二宮に近く、高台にあって見晴らしが良かった。それを気に入った黄金聖闘士の何人かが、闘技場等の訓練施設を使いたい時によく利用する場所である。
 −−−6歳という幼さで『彼ら』が聖域に入って、既に10年近い歳月が流れた。幼かった彼らは15歳という年齢となり、生まれ持った稀有な才能とそれを高め磨く努力でもって、聖域と十二宮の守護者としての自らの存在意義を、既に確固たるものにしていた。




「おーい、カミュー」
 訓練施設の外れにある水飲み場で顔を洗っていたカミュは、呼ばれて、濡れたまま顔を上げた。持参していた布で水滴を拭いながら視線をやると、闘技場の陰から良く知った顔が手を振って近づいてくるところである。・・・蠍座を守護する黄金聖闘士、ミロだった。
「宝瓶宮に気配がないから、ここかなと思って来てみたんだ。勘が当たったな」
 そう言って、ミロは笑う。・・・金の髪を朝の日に光らせて近づいてくる彼は、『闘士』というには細身で、いかにも少年然としている。そんな彼の姿を眺めやるカミュもまた、相当に細身な身体でその場に立ち、ミロが近づいてくるのを待って友人に微笑を向けた。
「何か用か、ミロ」
「何か用かとはご挨拶だな。お前がシベリアから帰ってきたと聞いたから、顔を見に来たんだろう。元気だったか」
 そう言って、ミロは同じくらいの背丈のカミュの目を覗き込む。カミュは1年ほど前に、教皇の命令で弟子を二人つけられ、それ以来弟子たちの修行地であるシベリアで過ごすことが多い。今回も1ヶ月ぶりに聖域に戻ってきたところである。
 ミロの綺麗な青い瞳を見返して、カミュはかすかに苦笑する。
「ご覧の通りだ。帰りに天蠍宮を通る時、声をかけようと思っていたんだ」
「声をかけるなら、行きがけにしろよ。言ってくれれば一緒に出てきたのに」
 その言葉に、カミュはほんの少し意地悪な笑みで言った。
「早朝だったからな、寝ていると思って素通りした。叩き起こしたほうが良かったか?」
 そう言われて、ミロは憮然と黙り込む。ミロは朝が苦手で、彼を早朝に無理矢理起こそうとすると、起こす方が多大な労力を消費する。その自分の寝起きの悪さを多少なりと自覚しているミロは、誤魔化すようにひとつ咳払いなどして、気を取り直したように言う。
「・・・ところで、帰った早々朝っぱらから何してるんだ。その様子じゃ少し動いてきたんだろう?」
「白銀が何人か相手をしてくれと言うから、付き合っていた。どうせ暇だしな」
「・・・汗かいてるな。疲れてるか?」
 そう言って、ミロはまた相手の瞳を覗き込むようにして、にやと笑う。その顔に、カミュも小さく笑う。
「・・・いいや。シベリアと違って暑いせいであって、動いたせいじゃない。・・・相手をしようか?」
 その返答に、ミロは嬉しそうに笑って頷いた。




 ・・・闘技場、といってもそこは単にだだっ広い砂地の広場のようなものだった。いわゆる『コロッセオ』といものではなく、むしろ『運動場』と言った方が近い。本来、聖闘士が技を繰り出すことを前提とするなら、どうせ粉々になるのが目に見えているから出来るだけ建造物はない方がよい。
 周囲からなるべく離れる為に、二人は広場のほぼ中央に立って対峙する。広場の周囲には、二人の若い黄金の仕合いを見物しようと、野次馬聖闘士たちが少しばかりの人垣を作っている。
「ルールはいつものでいいよな。大技禁止、小技中技は可、場外は負け、急所をとった方が勝ち、破壊は可能な限り避ける」
 一つ一つ、確認するように思い出して挙げるミロに、カミュは判った、と頷く。・・・そして、ふと薄く笑んで言った。
「・・・そういえばミロ。何勝何敗か覚えてるか?」
「いちいち数えてる方がどうかしてるって。俺の方が勝ってるよな?」
 ミロの大雑把な言い様に、カミュはまた小さく笑う。
「はずれだ。582戦96勝92敗394引き分け。ちなみに96勝が私だ」
「・・・数え間違えてるぞそれ、絶対」
「莫迦を言え」
 短く言って笑ったカミュの周囲に、ざあっと音をたてて凍気の防壁が張り巡らされ、カミュの長い髪が閃く。それを合図に、ミロは楽しそうに口の端を上げて笑むと、地を蹴って一気に凍気の壁を破って突っ込んでくる。
 空を切って振り下ろされた手刀を、カミュは左腕で鮮やかに受け流した。同時に右掌に瞬時に溜めた凍気の塊を、勢いをつけて放つ。ミロはそれを無造作に手刀で弾いて霧散させると、片足の爪先だけでもう一度地を蹴って一気に間合いを詰めた。振り上げた腕の先、指先の一点に凝縮した小宇宙が、一瞬閃光を放ってカミュの眉間めがけて撃ち込まれる。だがカミュは余裕の表情でそれを凍気の壁で阻むと、後方に跳んで、詰まった間合いを開く。そして間髪入れず、その両の掌の間に一際輝く小宇宙の塊を生み出し、狙い違わず真っ直ぐに撃ち出してくる。
「・・・くそっ、それダイアモンド・ダストじゃないのか!?大技は禁止だ!」
 広範囲に及んだ凍気の渦を、後方に大きく跳んで避けたミロが抗議する。だがカミュは平然と笑って、再びその手に光の塊をかたちづくる。
「ダイアモンド・ダストだったらこんなものじゃ済まない。くれてやろうか?」
「氷ばっかり使いやがって、打撃系じゃ勝てないと思ってるだろう!」
「そうでもない」
 カミュは手の中の小宇宙を鋭く放つと同時に、自分も地を蹴って飛び込んでくる。凍気をこめて繰り出した拳を、今度はミロが右腕で弾き返し、空いた左手の指先からまた、一点集中の小宇宙をカミュの鳩尾に向かって放つ。カミュはそれを素早く防壁を張って防ぐが、勢いは殺せずに後方に飛ばされ、砂煙をあげて地に手をついて体制を立て直す。だがその隙にミロが再度飛ばした閃光が襲い、更に後方に跳んで避ける。
 ・・・そんな攻防の繰り返しを、広場の周囲で見物していた聖闘士たちは、面白そうに眺めている。時折跳んでくる攻撃の余波や瓦礫の破片を防ぎつつ声援など送っていると、彼らの背後から明るい声が割り込んできた。
「お、カミュは帰っていたのか。楽しそうだな」
 聖闘士たちが振り向いた先には、獅子座アイオリアの姿があった。アイオリアもカミュやミロと同齢の15歳。その体つきはかなりしっかりしたもので、今も日課の朝の筋トレを終えたところらしかった。
 アイオリアは、周囲の聖闘士に声をかける。
「騒々しいと思ったら、こいつらがじゃれてたのだな。いつからやっているんだ?」
「そうですねえ・・・15分くらい前でしょうか」
 答えた聖闘士に、アイオリアはふーんと答えて、ひっきりなしの攻撃と防御に忙しい二人に向かって、不意に大きな声で声をかけた。
「おーい!カミュにミロ!どちらか加勢しようか」
 その言葉に、二人とも振り向きもせずに同時に「いらん!」と声を投げ返してくる。その答えにアイオリアは笑って、他の聖闘士たちと一緒に見物にまわった。・・・が、しかし一向に勝負がつかない。
 広場の片隅であぐらをかいて二人の様子を見守っていたが、そろそろ1時間になろうかという頃になって、さすがに飽きてきたアイオリアが再び声をあげる。
「おおーい、二人とも。いい加減終わりにしたらどうだ。一緒にメシでも食おう」
 ちょうど跳んできた岩の破片を、虫でも追うように払いながら言ったアイオリアの言葉に、一瞬ミロの意識がそれる。・・・実を言うなら、朝食も食べずに出て来たのでいい加減腹が減っていたのである。
 ミロの集中力が途切れたその僅かな隙を、カミュが見逃す訳もない。カミュはかすかな笑みを閃かせると、すかさず凍気の塊をミロに向かって投げつける。ミロはぎょっとして慌てて小宇宙で防壁を張るが僅かに遅れ、ブリザードの勢いを殺せずそのまま後方に飛ばされる。・・・なんとか踏みとどまろうと、砂塵を巻き上げ手をついて着地した場所は、それでも広場の敷地の僅かに外だった。
 それを見て、アイオリアが笑う。
「勝負あり。場外、ミロの負けだ」
「・・・くそ・・・、お前のせいだろう、アイオリア!まったく脇からごちゃごちゃと・・・」
 ミロは顔についた砂を腕で拭いながら、悔しそうにアイオリアに抗議する。一方、カミュは涼しげな顔で少し乱れた長い髪を払いながら、広場の中心付近から歩み寄ってくる。
「あのくらいで集中力が途切れる方が悪い。飽きっぽいのと注意が逸れやすいのが欠点だな、ミロ」
 そう言って笑う友人を、ミロはじろりと睨み付ける。
「いいんだよ俺は。実戦ならリストリクションで動き封じて、さっさと殺すから。長期戦には持ち込まない」
「それが通じればいいがな」
 応じたのは、アイオリアだ。
「あまり技にばかり頼るなよ。小宇宙を主体にした攻撃は、通じなかったらそれで最後だからな」
 その言葉に、ミロは心外だという顔でカミュを指さして抗議する。
「それは俺じゃなくてカミュに言え。結局、凍気ばかり使っていたぞ」
「得手不得手と効率を考えているだけだ。それで勝っているのだから、文句はないだろう」
 しれっと言うカミュに、ミロは更に何か言いかけるが、アイオリアがそれを笑って遮る。
「まあそのくらいにしてくれ。俺も腹が減っているんだ、せっかくだから一緒にメシにしよう」
「獅子宮で?」
 ミロの問いに、アイオリアがかぶりをふる。
「いや、処女宮。俺のところから食料を持って行く」
「?何でだ?」
 アイオリアは、苦笑いを浮かべて言った。
「シャカの奴、相も変わらず断食癖が治らん。だから出来るだけ、食事に付き合うことにしているんだ」
「なんだそりゃ。お前、結構マメだなあ」
 呆れて言ったミロに、アイオリアは決まり悪げに顔をしかめた。
「我ながらそう思うが、仕方がない。隣で餓死者が出るのはたまらん」
「・・・・・・。・・・そうだな」
 返す言葉も出ず、それだけ言ったミロに、アイオリアは屈託無く笑う。
「そういう訳だから、処女宮までつきあってくれ。シャカは年がら年中瞑想だと言って宮に引きこもってばかりだからな、たまには賑やかなのもいいだろう。せっかくカミュも戻っているし」
 そう言って歩き出したアイオリアを先頭に、三人は処女宮に向かって歩き出した。




 途中の獅子宮でめぼしい食料を持ち出し、三人は処女宮への階段を昇る。時間は既に昼近く、朝食兼昼食になりそうだった。
 ミロは、前方に見えてきた処女宮を眺めて、言う。
「そういえば俺、シャカにまともに逢うのは久し振りだ。通りすがりに姿を見ることは多いんだが、いつも変な蓮の台の上に座ってて、声をかけても大抵返事がないし。・・・あれって本当に瞑想してるのか?寝てるだけじゃないのか実は」
 ミロの言葉に、アイオリアが笑う。
「俺もそう思っているんだ。実のところ、どうも午前中はうとうとしているらしい。そろそろちゃんと目を醒ました頃合いだろうから、丁度よいだろう」
「・・・。・・・そうか・・・やっぱりアレ、寝ているのか・・・」
 妙に納得した顔でミロが呟く。そんなことを言っている間に、三人は処女宮の入り口まで到着した。
「おおーい、シャカ。メシを持ってきたぞ!」
 そんなことを奥に向かって大声で呼びかけながら、アイオリアはずんずん進んでいく。すると珍しく、シャカがふらりと円柱の陰から姿を現した。
「・・・そのような大声でなくとも聞こえる、リア」
 そう言って、ふわふわした足取りで歩み寄ってくる。布を巻き付けただけのような衣装からのぞく腕や足先は白く、少女のように華奢で、久しぶりに間近でそれを見たミロとカミュは、アイオリアがシャカの食生活を心配する気持ちが多少なりとも理解できた。・・・確かに、放っておくと倒れてしまいそうな細さである。例によって閉じている瞼も青白く、透けてしまいそうな程だ。
 アイオリアは、シャカの顔を見て嬉しそうに笑顔をつくる。
「シャカ、メシを持ってきたぞ。どうせまだ食っていないのだろう」
 その言葉に、シャカは一拍おいて、平坦な声音で言う。
「食事ならした。・・・一昨日」
「・・・それは『した』とは言わん!食事は毎日きちんとするものだと、何度も言っているだろう!」
 そう言うと、シャカの腕をつかんで歩き出す。
「カミュとミロを連れて来たから、皆で食おう。天気がいいから、外がよさそうだな」
 そう言うと、宮の側面にある大きな扉を押し開く。・・・薄暗い宮の中に、明るい光がいっぱいに差し込み、シャカは目を閉じている癖に眩しそうにその細い眉をしかめた。
「・・・へえ。処女宮の脇に、こんな草っぱらがあったのか」
 扉の向こうを見て、ミロが感心したように言う。岩場ばかりの十二宮にあって、まるでオアシスのように緑の草原がそこに広がっていた。処女宮の陰や岩山の連なりに隠れて、他の宮や石段からは丁度見えないようになっているようで、ミロやカミュはこんなものがあるのを知らなかった。後にそこには沙羅双樹と一面の花が植えられ、『沙羅双樹の園』と呼ばれるようになるが、今はまだ、ただの草の原である。
「知らなかったろう。綺麗で静かな場所なんで、俺は時々昼寝にくるのだ」
 そう言って笑うアイオリアは、適当に草の上に座り込んで、持参した食料を入れた駕籠を置く。シャカも渋々といった風情でその近くに胡座で座り、静かに風の音を聞くように黙り込んだ。
 やはり近くに、それぞれ思い思いに草の上に座ったカミュとミロに、アイオリアは駕籠から適当に食料を取り出して投げて寄越す。
「パンと、リンゴと・・・。干し肉あるぞ、食うか?」
「食う。チーズもあったよな、くれ」
 ミロは脇から駕籠を覗き込んみ、好き勝手かき回して食べたいものをくすね、隣のカミュにもそれを流す。
「飲み物はないか?水でもいいが」
 カミュの言葉に、アイオリアは駕籠の底から赤ワインの瓶と、器をいくつか引っ張り出す。
「これしかなかった。あまり上等のものじゃないが」
「充分」
 カミュは笑って瓶ごと受け取って、栓を抜く。
 そんな三人の会話をただ黙って聞いているシャカに、アイオリアはパンとリンゴ、それにゆで卵とチーズのかけらを押しつける。
「ほら、お前も食え。好き嫌い言うなよ、シャカ」
「・・・リア。君がそう言うなら、食うこと自体はやぶさかではない。が、しかし私は生臭は好まない」
「だから干し肉は除けたろう」
「これもいらない」
 そう言って、シャカはチーズと卵をぽいとアイオリアに返してくる。それを見てアイオリアが目をむいた。
「これくらい食え!動物性タンパクをどうやって摂る気なんだ、お前は」
「知ったことではない」
 冷淡に言うシャカと、なんとかチーズと卵をシャカに食べさせようと尚も言い募るアイオリアのやりとりを、脇で見ていたミロとカミュがたまらず笑い出す。
「・・・可笑しいな、お前ら。もしかして、いつもそんなか?」
「兄弟のようだ、まるで。・・・全然似てはいないが」
 ミロは、器に注いだワインをシャカに差し出す。
「ほら、お前の分だ。ワインは大丈夫なのか」
 直接話しかけられ驚いたのか、シャカは一瞬沈黙する。が、すぐについとその白い手を伸ばして、ミロの差し出した器を素直に受け取った。
「・・・酒は問題ない」
「そうか。一体どういう基準なんだ、その好き嫌い」
「好き嫌いではない。生臭は嫌だと言っているだけだ」
「・・・それを好き嫌いと言うんじゃないのか?」
 カミュのつっこみに、シャカはまた一瞬黙り込むが、やがて言う。
「・・・違う。・・・食おうとすると、声がするのだ」
「・・・声?」
「そうだ。・・・殺された生き物の、断末魔」
「・・・うげ」
 シャカの言葉に、ミロは心底嫌そうな顔をする。
「肉とか食おうとすると、そういうのが聞こえるのか?例えばコレだと、殺された牛の」
 そう言って、ミロは自分が齧っていた干し肉のかけらを振る。・・・シャカは、ゆっくり頷いた。
「・・・そうだ」
「うえー・・・そりゃ食いたくなくなるな、確かに。耳が良すぎるってのも、考えものだ」
「・・・しかしそれなら、チーズは問題ないだろう。牛の乳から作るのだから」
 カミュが言った言葉に、シャカは沈黙する。今度の沈黙は長く、怪訝な顔をするカミュとミロに、アイオリアが笑う。そしてからかうように、傍らのシャカに言った。
「白状したらどうだ、シャカ」
「・・・・」
 シャカは不本意そうにかすかに眉をひそめたが、やがて渋々口を開いた。
「・・・乳製品は好かない。味が残って、気持ちが悪い」
「要するに、それは好き嫌いってことか」
 ミロはけらけら笑うと、先程シャカがアイオリアに押し返したものより大きなチーズの塊を、シャカの手に押しつける。
「仮にも聖闘士、身体が資本だぞ。アイオリアの言うように、肉が食えないならこれくらい我慢して食え」
 シャカは、不愉快そうにその白い顔をミロに向ける。
「・・・君に指図されるいわれはない」
「いわれだと?大ありだ。仮に敵が攻めてきたら、自分の宮より下の奴がどんだけ食い止めるかで、大違いだろ。そんなほっそい身体して、イザって時ぶっ倒れたら話しにならない。折角やたら強い小宇宙持ってても、宝の持ち腐れだぞ」
 そのミロの言葉に、アイオリアが大変嬉しそうにしきりと頷く。
「そうだそうだ、もっと言ってやってくれ、ミロ。俺がいくら言っても聞かないのだ。たまには他の奴から諭されるのもいい薬だ」
 そんなミロとアイオリアの様子に、シャカは気分を害したようにまた眉根を寄せる。
「・・・こんなもの食わずとも、十二宮を汚す雑魚などこのシャカが一掃してくれるから、安心したまえ」
「あーハイハイ、神に最も近いんだよな。だったらチーズの欠片くらい、我が儘言わずに食え。神様は寛大なもんだ」
 ミロの投げやりな説得に、シャカは更に何か言おうと口を開きかけるが、それ以上何を言っても無駄と思ったのが、一つ溜め息をついて黙り込む。そして諦めたようにチーズを小さくちぎっては、もそもそと口に運ぶが、なるべく味を消そうというのか、先程ミロが差し出したワインに頻繁に口をつけている。
 その様子を嬉しそうに眺めたアイオリアが、そう言えば、とミロとカミュを見て言った。
「・・・俺はつい先日知ったんだが、お前たち知ってたか?外界じゃ酒は20歳まで駄目なんだそうだ」
「え、そうなのか!?なんで?」
 ミロが驚いてアイオリアを見る。アイオリアが至極真面目な顔で言った。
「身体に悪いとかなんとか・・・。詳しくは知らないが」
「・・・お前たちは、知らないで飲んでたのか?」
 呆れ顔で口を出したのは、カミュである。
「アルコールは摂取しすぎると内臓に負担をかけるし、依存性が問題になる。だから一般社会では、成人前の飲酒は禁じられているんだ」
「そうなのか」
 目を丸くする二人に、カミュは苦笑する。
「・・・だが、少量の赤ワインの常用は、逆に身体にいいそうだ。寿命が延びるとか」
「へー」
 手元の器の中の葡萄色の液体を、ミロはまじまじと見る。
「知らなかった。俺、聖域にきたガキの頃からずっと飲んでるぞ。寿命延びるかな?」
「・・・あくまで成人の話だと思うがな。どちらにせよ、過ぎたるは及ばざるが如し」
 そう言ってカミュは薄く笑んで、自分の器からワインを口に含む。そのカミュを、ミロは怪訝な顔で見やる。
「・・・お前は何でそんなこと、知ってるんだ」
「覚えていただけだ。私たちが聖域に来たのが6歳だろう、それ以前の記憶や知識だって、一応ある」
「・・・俺は覚えてない」
「記憶力の違いだな。生来のものだから、気にするな」
 そう言って笑う友人に、ミロは渋い顔だ。
「嫌味な奴。どうせ俺は頭が悪いよ」
 拗ねたように言って、ミロはころりとその場の草の上に転がってしまう。そんなミロの様子に、カミュはまた笑って言う。
「・・・というのは話し半分。シベリアにいると、新聞くらい見る機会があるからな。寿命云々は最近知った」
「なんだ」
 拍子抜けした顔のミロに、アイオリアはやや感慨深げに言った。
「俺は赤ん坊の頃から聖域育ちだからな。外の事は殆ど知らないが・・・お前たちは、外から来たんだったよなあ。外って聖域とは随分違うものか?」
「何言ってるんだ。お前だって、所用だとか勅命だとかで外に出ることくらいあるだろう」
 寝そべったまま、リンゴを齧りながら言ったミロに、アイオリアは笑う。
「そりゃあそうだが、生活するとなるとまた違うだろう。『普通の生活』ってのが、俺には想像も出来ない」
 ミロとカミュは顔を見合わせる。そして、カミュが小さく苦笑した。
「・・・覚えていることもあるが、もう記憶はおぼろだ。何処に住んでいたのかもハッキリ覚えていないのに、日常の生活のことなんて、あまり記憶にないな」
 俺も、とミロも言う。・・・そんな三人の会話の傍ら、ひたすらに黙々とチーズの塊を減らすことに専念しているシャカに、ふと三人の視線が集中する。
「・・・そういやシャカも、外から来たんだよな。俺たちと同じ歳に」
「・・・出身はインドだったか? ・・・どんな暮らしをしていたんだ・・・? 大体何で金髪碧眼・・・」
 ふと気づいてしまった、ひどく基本的で、かつ深い謎。この神に最も近いと自称する者の生い立ちとは、一体どんなものか。
 三人の視線に、ようやくシャカは顔をあげる。
「・・・何だ」
「いや、お前が聖域に来る前のことを・・・。どういう生活していたのかと」
 アイオリアの言葉に、シャカはふんと鼻であしらった。
「関係ない」
「・・・仰せの通りで」
 三人は、一様にため息を落とす。・・・聖域外で生活を持っていた者、或いは現在も持っている者にそれを問うことは、本来不文律の禁句のようなものだ。今は同い歳の同僚の気安さで話題にしていたが、相手が話したがらないものを無理に聞き出すような類のことではなかった。
「・・・まあ、昔のことはいいからさ。俺は一つ強烈に疑問があるんだが、聞いてもいいか」
 ミロが、場の雰囲気を入れ替えるように改めてシャカの方を見て、問う。シャカが無言でミロのほうにその白い面を向けた。
「・・・お前、鍛錬ってものをやってるのか?訓練場なんかで見たこともないし、チビの頃よくやってた合同訓練なんかでも顔を見なかった」
 シャカは、下らない、という顔で答えた。
「猿のように身体を動かすばかりが鍛錬ではない。瞑想は小宇宙を高める鍛錬そのものだ」
「・・・それだけか」
「それで十分であろう」
「・・・。要するに」
 はあ、とまた溜め息をついて、ミロは呆れたようにシャカを見る。
「要するに、お前は小宇宙だけで全て済ます気か。仮に身体を動かすような局面でも、それで補って」
 そう言って、じろりとシャカの睨む。
「・・・お前も相当、嫌味だよな。実際それで済んでしまいそうなとこが」
「当然だ。なんぴとたりとも、このシャカを倒せる力を持つ者はおらぬ・・・女神以外は」
「・・・それと、牛乳か?」
 にやと笑って言ったミロの言葉に、シャカはただ不機嫌に黙り込んだ。















尻切れなカンジでスンマセン・・・(^^;
単に『戦闘もどき』を書いてみたかったのと、15歳設定の『会話』を書いてみたかっただけです・・・。結果、意味のない会話がだらだらと続くだけの駄文。でもこんな日常だったらいいな、とゆーことで。
・・・食事、とゆーのは雑談させるてっとりばやい状況設定なので、ついよく書きます。
カミュがシベリアに行ってるのが普通になってきた時期なので、ミロは一寸寂しい頃。たまにミロのほうがシベリアに顔だしてる。でも寒いのですぐ退散。シベリアの極寒でノースリーブでいる友達に、多分散々人間じゃないとか恐竜並みに鈍感だとか言ってると思われ(笑)。基本的に、カミュの技とゆーのは分子運動の支配すなわち温度の支配だから、自分のまわりの気温くらい支配してると思うです・・・。ミロはそういう小宇宙の使い方は出来ないので、もろ寒い。

ちなみに蛇足ながら、ミロは元々、一点集中型の小宇宙の使い方が得意、という設定です。それの発展形がスカーレット・ニードル、とゆーことで。








モドル