72.クッキーの崩れる音










 その日、カミュが数週間ぶりにシベリアから聖域に戻ってみると。
 自宮である宝瓶宮への道すがら、8番目の天蠍宮で宮の主に一言かけていこうと思い私室の居間に足を踏み入れ、絶句した。
「・・・・・・・・なんだこれは」
「あー、はみゅ、おはへり!」
 ・・・居間の床には、足の踏み場も無いほど色とりどりの色彩が散っていた。それらは全て、キャンディーやらクッキーやらスナックやらの駄菓子の袋や包装紙や、菓子そのものの色であった。
 その真ん中で座り込んで、口の中に何やら頬ばったまま、ミロは入り口に立ち竦んだ友人を顧みる。その手には、やはり目がチカチカしそうな色合いの菓子袋が握られている。
「ひーほこにひた。おはえもくう?」
「・・・いいからまずその口の中のものを嚥下しろ!」
 唖然として一喝すると、ミロはひとしきり一生懸命もぐもぐやって、ようやくごっくんと飲み下した。そしてにんまりと笑う。
「よーお帰り。お前も食う?」
 今度こそちゃんと発音して言ったミロに、カミュは返す言葉もない。あまりに呆れて表情が失せた顔で、ミロと、その周囲に散った色彩を半眼になった目で見下ろした。
「・・・・・・・・・何をやっている」
「無駄食い」
 簡潔に言って、ひどく嬉しそうに説明する。
「あのな、今日アテネに買い出しに行ったら、通りすがりの店で菓子の大安売りをやっていたんだ!」
「・・・・・・ほう」
「それでな、ホラ俺らって菓子なんてチビの頃からあまり食いつけてないだろう!それでな、見たこともない菓子がたくさんあったんだ!」
「・・・・・・それで?」
「それで、食いたいモノを全部買ってきた!すごいだろう!」
 どうやら自慢しているらしいミロに、カミュは無言である。・・・そしてその数秒の沈黙のうちに、部屋の温度が一気に急降下していった。
「わ、何だよ何怒っているんだカミュ!?寒いからやめろ!」
「・・・16にもなって駄菓子の馬鹿買いか・・・。お前の精神年齢は10年成長が遅いと見える・・・」
「そんな事はないぞ!こういうのを大人買いと言うんだ」
 だからなんだと脱力した声でツッコんだカミュの言葉をスルーしたミロは、やおら菓子の山をごそごそと探って何かを引っ張り出す。
「あのな、それでコレを見つけたんだ!お前が帰って来たら、見せようと思って」
 そう言ってミロが取り出したのは、やはりいくつかの菓子包みだった。他がキチガイじみた色合いの中で、それは比較的地味な包装の、昔からある非常にシンプルなクッキー。
「覚えているか?」
 楽しそうに言うミロの手の中にあるその菓子は、確かにカミュにも見覚えがあった。
 −−−随分昔、ある人がやはりこうやって、差し出してくれた記憶。
「まだ聖域に来て間もない頃に、ぶーたれてた俺らにサガがこっそりくれたヤツ。俺、これが殆ど生まれて初めて食った菓子だったんだよな」
 そう言って、ミロはまた嬉しそうに笑う。
「俺、世の中にこんなに美味いモンがあるのかってカンドーしたんだ。だから今でもこのクッキーが一番好きだ。お前もあの時、モノも言わずにもぐもぐ食ってたからきっと好きなんだろうと思って」
 あっけらかんと明るく言って、ミロは包みのいくつかを、カミュに差し出す。
 それを見て、カミュは無言で溜息をついた。
 ・・・自分たちが聖域に来たのが、6歳の頃のこと。激変し慣れない環境で、厳しい修行にされされ、実を言うなら随分拗ねたりごねたりしたのだ。その表現の仕方はそれぞれで、カミュはギリシア語が不自由だったこともあって黙ってじっとハンストしたり睨み付けたりという類だったが、ミロのごねかたは当時から苛烈で、周囲の年長者たちを手こずらせ、時には怒らせた。・・・そんな中で、ある日サガが苦笑いしながらこっそりとくれた菓子。内緒だぞ、と言って含むように笑んだ唇に指をあてた仕草まで、思い出せる。
 ・・・だがそれはそれとして。
 カミュには、今ミロの言った言葉に少々引っかかる部分があった。
「・・・『生まれて初めて食べた菓子』・・・?」
 怪訝な口調で繰り返したカミュの問いに、ミロはクッキーの包装をぴりぴりと剥きながら、別段変わらぬ口調で言う。
「うん。それまで、菓子なんかまともに食ったことなかったからさ。だからあの時はサガが神様に見えたな、マジで」
 そう言って、ミロはからりと笑う。
 ・・・それは変だろう、とカミュは思う。6歳の子供がそれまで菓子を一つも食べたことが無いなどと、『普通』に育っていたらあり得ない話だ。
 だが、『普通』の幼児が聖域になど来る筈もなく。
 −−−聖域に来る前の事は、聞いたことがなかったし、自分も話したことはない。自分の例をとってみても、皆大抵ろくな生い立ちではあるまいと想像に難くないので、今更聞きたいとも話したいとも思わないが。
 大事なのは、出逢って、その後に共有した時間。こんな馬鹿馬鹿しい瞬間でさえ。
 ・・・カミュは、また一つ溜息をつくと、ミロの手からクッキーの小さな包みを一つつまみ上げた。
 そしてそれを手にしたまま、菓子に埋もれたようなミロの傍らに座り込む。
「・・・よく覚えていたものだ、あんな子供の頃の事を」
「お前こそ。やっぱり好きだろう、これ」
 そう言ってにんまり笑って、ミロはクッキーをぽりぽり食べている。それを見て、カミュは自分の分の包装を剥ごうとした指をふと止めて、口の端で薄く笑んだ。
「・・・そうだな・・・。確かに好きだが」
 そう呟くと、カミュは不意に顔を寄せて、ミロがくわえていた菓子の欠片を直接唇で奪い取る。ついでに触れあった唇で、相手のそれを撫でて。
 カミュの口の中でクッキーが崩れる音を、すぐ間近で聞いたミロは吃驚した顔を見せ−−−だが次の瞬間、ひどく可笑しそうに嬉しそうに、またにんまりと笑った。










<041012 UP>



16歳。
・・・・・・・・・・いやそのパロっぽい馬鹿っぽい話書きたかっただけで・・・・・。
・・・いかにもパロなカンジの軽いのって難しいですにょ・・・偽偽でショボン。
どーでもいいがミロりんって、ねるねるねるねとか喜びそう・・・。


モドル