46.視線






 真夏の長い日が、のらりくらりと暮れていく。

 天蠍宮の居間が、窓から差し込む朱色の光に紅く染まる。その中で、奴の髪が殊更に紅い。
 俺はソファの上に寝っ転がって、少し離れた場所にある椅子で静かに書物に目を落とすカミュを見やる。人の宮にまで来て何を熱心に読んでいるのかと思うが、尋ねて説明された処で分かりはしないのは経験済みだから、何も言わない。
 暑さ嫌いのカミュのせいで、今この部屋は冷房と奴の小宇宙とできんきんに冷えている。真夏だというのに、俺は厚手の長袖パーカーなんか着ている。俺は寒がりなのに、そして此処は俺の宮だというのに、奴はそんなことお構いなしだ。
 だけどこんなに寒いのに、真っ赤な西日が部屋いっぱいに溢れているせいなのか。不思議と空気はとろりと柔らかい。容赦ない深紅の斜陽が、のらりくらりと時間を刻む。
 カミュが椅子に座って本を読んでいる。
 一体どれくらいそうしているだろうかと思ったが、時計を確認するのも面倒で、相変わらず俺は奴の横顔を見て過ごす。
 俺がずっと奴を眺めているのを奴は気付いているのかいないのか、いや気付いていない筈はないのだからそれを気にとめる気があるのかないのか、そんなことを、暮れる日のようにのらりくらりと考える。
 朱い夕陽に映える、紅い髪。縁だけが金に光ってとても綺麗だ。あの髪は今触れたら、色に相応しく温かいだろうか。それともこの部屋の空気と同じに、ひやりと冷えているんだろうか。
 手を伸ばすと丁度届くか届かないか、多分微妙に届かない、そんな距離にあるその紅がもう少しだけ近くに来ないかと思う。だが当のカミュは、相変わらず手元の本ばかり見ていて、時折指先で頁を繰る以外は動きもしない。

 −−−近くに来ないだろうか、とか。触らせろ、とか触って欲しい、とか。

 そんなことをまた、のらりくらりと思う。
 思って暫くまたのらりくらりと奴を眺めるが、勿論奴は、ちっとも動きやしないのだ。
 ・・・仕方がないので、なあ、とだけ声をかけてみる。
 だがのらりくらりと言ったその声は、たちまち朱色の空気に溶けて混じり合い、奴の処まで届かない。
 だからもう一度、なあ、と言う。するとようやく奴が目を上げた。いつでも静かに真っ直ぐ向けられる紅い瞳が、夕陽に混じって揺らぐようにこちらに向いて。
 視線が合うと、一拍おいてカミュが不意に薄く笑む。
 それまでずっと読んでいた本をようやく脇に置いて、椅子を立ち、俺の傍まで歩み寄る。
 屈みこんで俺の金髪に唇を落としながら、カミュは小さく笑う。
「・・・怠慢だな、ミロ。なあとだけ言って、通じると思うな」
 カミュの肩から落ちて俺の頬に触れた紅い髪は、やはりひんやり冷たかった。さらりと流れるその感触が気持ちよくて、笑って眼を閉じる。
 怠慢だ、なんていかにもカミュらしいと思う。・・・だけどそれでは、どう言えというんだ。こんなのらりくらりとした夕暮れに生まれる、なんとも言えない溶けてしまいそうな衝動を。
 俺は一度閉じた眼を開いて、すぐ近くにある紅い瞳に向かって、笑む。
「・・・そうは言っても通じてるじゃないか。下手に言葉を弄すると、訳が判らなくなるぞ」
「それを怠慢と言うのだろうが」
 カミュはそう言ってまた少し笑って、俺の瞳を封じるように、微笑とともに唇を目蓋に落とした。
「・・・だが、お前は判りやすい。眼が口ほどにモノを言う」
 どうせ俺は底が浅いよ、と言い返したら奴はもう一度笑って、俺の首筋にすこしだけ温かい掌をあてて、ゆっくりと撫でた。








<041029 UP>



・・・ミロりんは、受なら誘い受がいいな〜・・・とゆーことで(笑)。
16〜17歳くらいのイメェジで書いてますが、20歳でも全然構わないっすね。

誘い受ってのは(よっぽどハッキリ言わない限り)相手が気付いてくれて初めて成立するもんであって、気付いてくれなかったら切ない。
気付いてくれる相手がいるというのは幸いであります(笑)。

・・・でもわがし、結構気付かないパターンも多そうだ。神経質な癖に唐変木っぽいイメージもあり(笑)。



モドル