30.爪 







「お前の爪って、妙に綺麗だよな」
 不意にミロが、カミュの手元をまじまじと見て呟いた。
 宝瓶宮の私室。ソファの片隅で本の頁を繰るカミュの指先を、同じソファで寝っ転がっていたミロが感心したように見ている。
 ああ、とカミュも一旦本を離して自分の指先を見やった。
「暇潰しに、時々磨くからな・・・」
「・・・磨く!? 爪をか? どうして!? どうやって!?」
 眼を見開いて矢継ぎ早に言うミロに、カミュは余り表情を変えないまま、爪を点検するように指を眺めて言った。
「私は凍気を使うだろう。そのせいか、すぐに爪が割れる。そうするとみっともないし、色々弊害が多くてな。だからそうならないように、少し手入れをしている」
「へえ〜。爪って手入れとか出来るものなのか・・・。どうやるんだ」
「どう・・・と言われても・・・」
 カミュは、ふと気付いたようにミロの手を取って爪を見る。・・・そして呆れたように眉をひそめた。
「・・・何だこれは。お前の爪・・・特に人差し指」
「あー・・・。ほら、俺も指から小宇宙集中して撃つだろう。だから時々割れるんだ」
「・・・他の指は? 先がギザギザになったり波打ったり傷ついたりしているが」
「拳を使えば多少は傷ついて当然だろうが。それと・・・ギザギザしてるのは、時々噛むからだな」
 少しバツが悪そうに言ったミロに、カミュは溜息を落とす。
「・・・いい加減直せ、その癖・・・・。氷河も同じ癖があったが、10歳頃には直ったぞ・・・」
 ははは・・・とミロは気まずく笑い、話題を逸らすように今度はミロがカミュの手をとり、改めてしげしげと眺める。
「・・・そう言えば前から思ってたんだが、お前時々、戦闘中とか爪赤くないか」
 するとカミュもまた少しバツが悪そうに、実は、と言う。
「どうも私は小宇宙を高めると、爪が染まるらしい。お前もそうだろう、スカーレットニードルを撃つ時」
 へー、とまた感心したようにミロは眼を丸くする。
「そうだったのか。確かにお前も、大体手から集中して凍気出すもんな。・・・まあ、小宇宙燃やすと眼の色変わったりすんのは珍しくないし、人格変わると髪の色変えてた奴もいたし」
 そう言って笑う。そして、またカミュの手先を見て言った。
「・・・でも、妙にぴかぴかしてるな。磨くだけでこんなになるのか」
「いや・・・これは、トップコートが・・・」
「??とっぷこおと?」
 説明するのも馬鹿々しくて、カミュは貸せ、ともう一度ミロの手を掴まえると、ソファ脇にあった棚から爪磨きを取り出す。ミロには単なるヘラのように見えるが、ヘラの場処によってやすりの粗さが違うらしく、カミュは何度も持ち替えてミロの右手の爪を一本一本丁寧に磨いていく。珍しくてじっと見守っていると、爪の歪みや傷がどんどん消えて、綺麗になっていく。
「へー・・・すごいな」
「感心していないで、本当にいい加減爪を噛むのはやめろ。いい大人が」
 言いながら、カミュは今度は何やら小瓶を取り出して、、しばしの間どうしたものかという風に考える。
 そして、一番損傷が酷かった人差し指の爪にだけ、それを塗った。
「乾くまで触るのじゃないぞ」
 そう言うと、ようやくカミュはミロの手を離した。見ると、右手の爪は全てツヤツヤ、その上人差し指は一際光を反射してぴかぴかしている。
 へーとかおーとか言ってしきりと感心するミロは、何もしていない左手と並べ比べて、笑う。
「見ろ。右手だけお前になったみたいだ。左手は俺のままで」
 そう言って、ふとミロは自分の左手で右手を握りしめ、それからまたカミュを見て、笑う。
「・・・でも、やはり違うな。爪は似せられても、体温も感触も俺の手だ。・・・お前の手の代わりにはならないものだな」
「・・・当たり前だ」
 薄く苦笑するカミュの右手を取って、確かめるようにミロはそれを握る。
「俺より体温低いし、色も白いし、指も細い。こういう手の方が、綺麗な爪は似合うな。お前の手は綺麗だ」
 こんな手を見てるとこの指先から絶対零度が飛び出してくるなんて忘れそうだ、と言ってミロはからりと笑う。そして楽しそうに手の中のカミュの指先にくちづけて、そのまま躰を引き寄せてソファに押し倒そうとする。
 そんなミロに、カミュは口の端で薄く笑んで、言った。
「・・・忘れそうだと言うなら、実演して差し上げようか? 思い出して戴けるように」
「・・・。・・・思い出したからいいです・・・」
 神妙に言って、しおしおと悲しそうに引き下がるミロに、カミュは可笑しそうにだた笑った。










<041021 UP>



珍しく大人設定、しかも蠍水瓶〜(未遂)。

神経質に爪の手入れして色まで入れるカミュ、というのも結構好きで書いてはみたいんですが。まあとりあえずフツーっぽく(!?)理由付けてみました・・・(^^;)。
このお題はいつかリベンジしたいかも・・・。
ちなみにウチのミロりんは、受の時のほーが積極的なのかもです・・・(笑)。


モドル