3.大丈夫か?













 ごろん。・・・ごろごろごろごろごろ、がちゃん。
 石畳の上を、葡萄茶色の酒瓶が転がる。林立する他の瓶を、薙ぎ倒しながら。
 ・・・ごろがしゃ。ごろんごろごろごろがちゃん、ごろごろ。
 空瓶が次々と連鎖して転げていく様を眺めやり、シャカは嘆息した。
「・・・倒れている。気を付けたまえ、ミロ」
「あー・・・悪い悪い」
 空瓶の群れの直中で、まさに倒れた瓶のように石床に転がっているのは、蠍座の聖闘士。寝返りをうった拍子に腕が当たって、倒壊の連鎖を引き起こしたようだ。
 ごろごろ、がしゃん。ごろごろごろごろ。
「お、見ろよシャカ。まだ倒れていない根性のある奴が」
 言うなりミロは手元の瓶を掴むと、それを勢いよく転がした。
 ごろろろろろろろろろろ、がしゃんがちゃがちゃ、がちゃんがしゃん。
「よっしゃあ!ストライク!」
「・・・いい加減にしたまえ」
 はあ、とシャカはまた溜息。処女宮の床一面に散乱した酒瓶と、子供のように笑う蠍座。その双方を、宮主は閉じた目で見渡し呆れ返る。
 −−−突然に大量の酒を抱えて蠍座がやって来たのは、宵の口のこと。ミロとは幼い頃から聖域常駐の黄金同士、気心は知れている。が、しかしいきなり処女宮を訪れ、しかもその目的が酒盛りだなぞと。・・・そんなことは、かつて無い。
 実は酒好き、しかもザルなシャカにしてみれば、タダ酒が降って湧いたこの機会を敢えて逃す理由も無い。だからミロの好きにさせた・・・のだが。
 僅かに形の良い眉を顰め、シャカは酒瓶にまみれて転がる蠍座に言う。
「・・・呑み過ぎではないのかね、ミロ」
「この半分はお前が空けたんだろ。言われたか無いなーあ」
 無闇に浮ついた様子の−−−要するに酔っぱらっているミロは、傍らに座すシャカを上機嫌で床から見上げて、にこにこと笑う。
「シャカって酒強いけどさあ、ホラそのおでこの点ってソレやっぱホクロ?まさか毎日描いてるわけじゃないよなお前結構ズボラだもんなあでもやっぱ神に近いってことでさあ、そういえばいっつも薄着だけど風邪ひかないよなあシャカってやっぱ神に近いってことなのか?」
 ・・・支離滅裂だ。呂律もかなりあやしい。意味不明な事をぺらぺら喋りながら、それでもまだ懲りずに未開封の酒瓶を開ようとするミロに、シャカは顰めた眉の角度を深くする。
「・・・酔いどれ者は黙りたまえ、ミロ。酒が過ぎているようだ」
「なんだとう。お前がへっちゃらで俺だけ酔っている訳が」
「・・・絡むのもやめたまえ」
 シャカはまた溜息をついて手を伸ばし、ミロの手元から瓶を取り上げる。ミロの眼がそれを惜しげな視線で追ったが、それでも口も手も出しては来なかった。
 ミロから手の届かない場所に酒瓶を置きながら、シャカはやれやれと、何度目になるか判らぬ溜息を落とす。
 −−−大虎もどきの蠍の相手なぞ、こんな役どころはどう考えても獅子座の方が向いている。実際ミロは、普段だったら誰かと呑みたければアイオリアか、でなければ年中組の処に行くのだ。だのに何故、今日に限って自分の処にやって来たものか。まったく解せぬ。
 相変わらず一人で意味の判らぬことを喋りつつけていたミロが、ふと黙る。見れば床の上で金の髪を散らして突っ伏し、そのまま眠り込みそうな気配だ。
 ・・・放置したって、勿論よいのだ。仮にも黄金、この程度で風邪をひくほどヤワでもあるまい。だが捨て置くにはミロとは付き合いが長すぎたし、解せぬ素振りも少しばかり気になる。
 シャカは傍らで転がるミロを覗き込むように、見下ろした。・・・さらり、と肩から、金の髪が落ちかかる。
「・・・ミロ、起きたまえ。飲んだくれた上に処女宮で行き倒れなぞと。無様であろう」
「・・・・・・ほんとにな」
 ごそごそと身動きして、ミロは僅かに顔を上げる。とろんと眠たげな瞳は、それでも曇り無く澄んだ、青。
 −−−覗き込むシャカの顔を見上げて、ミロは苦笑めいた笑みを見せる。
「・・・お前、ホントに酒強いのなあ。こんだけ呑んでも、ぜーんぜん酔ってない」
「・・・君が弱いのではないかね」
「それは無いって。少なくとも俺、アイオリアよりは強いし、実はデスマスクよりも強い」
 枕にした自分の腕に頬を埋めて、ミロは笑う。
「皆で呑み比べとかしたら、面白いのにな。・・・そんな機会、どうせありゃしないけど・・・」
 言って、ふと瞳を伏せる。
「・・・ミロ?」
 数瞬の沈黙に、眠ってしまったのかと、名を呼ぶ。
 意識の半分は微睡みに片足つっこんだような様子で、ミロは独語のように呟いた。
「・・・シャカと、どっちが・・・一番強いのかな・・・?」
 呟きは中途で曖昧にくぐもって、そのままうとうとと浅い寝息に変わる。
 ・・・『どっちが』、と。
 その比較対照が誰なのか、それはシャカにも容易に想像がつく。
 腰を据えて杯を並べたことは無いけれど、大変なザルだと聞く。今は遠い北の地にあってあまり聖域に帰ってくることも無い、水と氷の希有な使い手。
 ・・・そういうことか、とシャカはようやく少し得心がいった。何故、アイオリアではなくわざわざ自分の処に来たのか。
 −−−アイオリアでは、先に酔いつぶれる事が出来ないのだ。・・・たとえば、彼の者と共に過ごす時のようには。
 ・・・一体全体、そんな事で何を紛らわしたかったのか、知らないが。そこまで詮索する気は、毛頭無いけれど。
 シャカはおもむろに手を伸ばし、床に散った癖のある金髪を一房、無造作にひっつかんだ。
「い・・・っ!いてッいていて、シャカやめろ、痛いって!!」
「起きたまえ。寝るなら自宮へ戻るが良い、己の足で」
「判った、判ったから、シャカ」
 シャカが手を離すと、ミロはホッとしたように頭をさする。
「少しは遠慮しろよ、ハゲるだろ」
「遠慮する謂われはなかろう」
 言い放つシャカに、ミロは相変わらず寝っ転がったまま、笑う。
「散々タダ酒呑んだ癖に。ちょっとは付き合ってくれてもいいだろ」
「だから付き合った。とやかく言われる筋合いはない」
「うん。まあそうなんだけど」
 にんまり、とミロは嬉しそうにまた笑う。
「・・・黙って付き合ってくれてんの、知ってる。お前って意外と優しいよな」
「黙りたまえ。酔っぱらいの戯言なぞ、聞く耳を持たぬ」
「そう言うなよ」
 くすくすと笑い、ふと、ミロは手を伸ばした。
 −−−指先に、シャカの長い金髪が触れる。
「・・・ミロ」
 非難を込めて呼ぶ声に、当人はただ笑うばかりだ。
 細く繊細な金糸を、指先で手繰るように引き寄せる。
「綺麗な髪だな。・・・カミュよりも少し、柔らかい」
 −−−大事そうに呟く、その名前。思い起こすよすがのように、絡めた髪に頬を寄せて。
 シャカは内心、そんな仕草にかなり呆れた。酔っているせいなのか知らないが、幾らなんでもここまで甘えたな処があるのは、さすがに意外だ。
 ・・・そう言えばここ暫く、水瓶座の姿を見ていない。弟子がいるというから、定期報告に帰って来られない時期も、あるのだろう。
 ・・・やれやれ、と嘆息して、シャカはごちる。
「−−−大丈夫なのかね、蠍。そんな調子で」
「何がだよ? 大丈夫って」
「何もかも、すべてにおいて」
 ミロは、可笑しそうに喉の奥で笑う。
「・・・さあ、どうかな。駄目かも」
 −−−その返答に、シャカは閉じた眼で、転がるミロを睨みつけた。
「・・・大丈夫だと言いたまえ。スコーピオンが聞いて呆れる」
「−−−うん、そだな」
 くすくす笑って頷くが、ミロはその手から髪を離そうとしない。
 髪筋を指に絡めたまま、その手を胸に握りこみ、瞳を伏せて、笑む。
「・・・大丈夫だからさ、シャカ。・・・だからちょっとだけ、これ貸して」
 ・・・ちっとも、大丈夫ではないではないか。
 引かれる髪に辟易しつつ、シャカは深々と溜息を吐く。
 大丈夫だなぞと、そんな顔で笑って。それこそ大丈夫が聞いて呆れる。
 ・・・シャカは諦めたように黙り込み、ミロの手が髪を弄ぶに任せた。憮然として眉根を寄せたままのその顔に、ミロは笑う。
 −−−そういうとこ、お前少しだけカミュに似てる。
 そんなことを嘯く蠍座に、シャカはただただ、吐息を繰り返すばかりだった。












<050619 UP>



・・・・・・どうでもいいような話でスンマセン…(=□=;)。

・・・寂しい夜には飲んだくれ。当て馬にされた同僚はいいとばっちり。
だけども十二宮の面々は、総じて蠍に甘そうですあのシャカでさえも。・・・という妄想でした・・・。

ウチ設定では、蠍、獅子、乙女が長年に渡り聖域常駐(唯ちゃんとこと共通設定)で、ご近所の幼なじみってカンジで育ってます。お互い気心は知れていますが、蠍は獅子に対しては見栄を張りそうだなーとか、でも乙女には意外と無駄に甘えたりしそうだな・・・とか、思ったのでした・・・。

唯ちゃん、シャカあんどミロでお約束の品ですよ君に捧ぐ・・・ってこんなんいらねえか・・・。でもお返し期待してますフフフ。


どうでもいいんですが、二人称で使う「蠍」という呼び方が好きです。「蟹」とか「獅子」とか他の呼び名とは、また違った意味合いを感じる。シャカに呼ばせてみたかったというのもあり・・・(^^;。


モドル