19.方程式






「・・・だからここでの遠心力は、円の半径の値を代入すれば導かれる」
「うー・・・」
「中央から物体を引く力と遠心力は拮抗しているから・・・」
「うー・・・」
 ごろり。今日何度目かでミロが転がり、金の髪が床に散る。その周囲には、散乱している数冊の本や紙。
 うんざりとした顔で、傍らで自分を冷ややかに見下ろす赤い目を見返す。
「・・・もう嫌だ。飽きた!」
「・・・忍耐、という言葉の意味は先程じっくり話し合った筈だが。それともお前の頭は鳥並か」
「鳥・・・・・・」
 ガックリとミロの肩が落ちる。だがすぐに顔を上げた。
「鳥でも何でもいい!飽きた!!」
 カミュの、火のように紅い瞳が氷のような視線を投げてくる。
「・・・そんなに凍りたいなら選ばせてやるが。オーロラエクスキューションとフリージングコフィンとどちらがいい」
「どっちも嫌だ!」
 喚いて、ミロはペンを投げ出しふて腐れたようにごろりとそっぽを向いてしまう。
 はああ、と深い溜息をついて、カミュは傍らで転がった金髪頭を見やった。
 聖闘士とは言え、最低限の勉学を修めるよう教育を受ける。だが、じっと本と向き合うことをこの蠍座が好むワケもなく、カミュはシベリアから戻った時に、折を見て友人をひっつかまえては机に向かわせている。・・・もっとも、大抵は机ではなくこうして床に直接本を広げることが多かったし、それすら一時間も継続出来ることは、まず無かったが。
 カミュはもう一度溜息をついて、言った。
「只でさえ物知らずなのだから、もう少し真面目にやったらどうだ。そんなに頭が悪いというワケでもないのだから」
 その言葉に、ミロはカミュを顧みて、じろりと睨み付けてくる。
「・・・『そんなに』ってあたりに馬鹿にしている空気を感じるな」
「馬鹿にされたくなければ真面目にやれと言っている」
 今度はミロが、深々と溜息をつく。
「・・・あのな、カミュ。俺は常々疑問なんだが」
「何が」
 何やら屁理屈をこね出したな、と思ったが、カミュは一応聞いてやる姿勢でミロを見る。・・・何かを教える為の忍耐だったら、大抵の者にはひけをとらない自負はある。
「今、俺たちがやってるのは物理だが」
「そうだな」
「・・・一体それが何の役に立つ!?俺たちの戦闘に一般的な物理常識なんか、全然当てはまらないのに!?」
 カミュは、少し感心したように友人を見た。
「ほう。それくらいは判るのか」
「・・・、お前な・・・」
 またミロの肩が落ちる。
「ほんっとに馬鹿にしてるだろ・・・」
「何を言う。褒めているんだろう」
「全ッ然そうは聞こえない」
 じろり、とまたカミュを見上げてミロは言う。
「・・・お前は昔っからよく本読んだりしていたが、何でこんな事が好きなのか、俺にはさっぱり判らない。方程式や数式で一体何が判る」
 その問いに、カミュは薄く笑む。
「世の理の一部分は、確実に判る。それに問いには必ず答えがある、そういう単純さは美しいだろう。・・・勿論、それだけで世のすべてが量れる訳ではないが」
「・・・そう、すべてが方程式で割り切れるものじゃない」
 言ったかと思うと、ミロは不意にカミュの腕をひっつかみ、そのまま強引に引き倒す。
 ・・・ばさり、という音とともに本や紙片の間に紅い髪が散った。
 カミュの両手首を床に縫い止めるように組み敷いて、ミロは笑む。
「役に立たない事より、時間をもう少し有効に使いたいんだが。たまにシベリアから帰って来たと思ったらコレじゃ、やってられないぞ」
 一転して楽しそうなその顔を見上げて、カミュは呆れた。
「・・・大変頭が悪そうな言動だと思うんだが」
「うるさい。お前だって聖域に戻ってまで『先生』やりたい訳じゃないだろう。・・・大体、答えのない疑問や不条理なんて、いくらでもある」
「・・・例えば?」
 ミロは口の端を上げて笑い、そのまま紅い髪がまとわりつく首筋に、唇を寄せる。
「例えば、お前に馬鹿だの何だのと言われるの判っているのに、何でこんな事してるんだろう、とかな」
「・・・お前の飽きっぽさと物理を一緒にするな。気まぐれに理由などあるものか」
 それを聞くと、ミロは可笑しそうにカミュの耳元で笑う。
「訳もない気まぐれで済まされても困るんだが。本当にそう思ってるのか?」
 だとしたらお前こそ馬鹿だぞ、と、ミロはまた笑う。
「・・・で? 少しは俺に付き合ってくれるのか、『先生』は」
「・・・気持ちの悪い言い方をするな」
 顔をしかめてカミュは目の前の蒼碧の瞳を見上げる。
 ・・・そして相変わらず両手首の自由は奪われたまま、至極真面目な顔で考え込んで、しばしの間。
「・・・次に私が戻ってくるまで」
「うん?」
「本の一冊も読んで方程式の一つも憶えておくと、約束するなら」
「・・・・・・やっぱり『先生』じゃないか・・・」
 がっくりと脱力してカミュの上に倒れ込みそうになりながら、ミロは何とか踏みとどまって、こちらもまたしばしの間。
 そして、神妙な顔で紅い瞳を見下ろして。
「・・・・・・努力する」
「なら」
 カミュは可笑しそうに小さく笑って、目を閉じる。そして再び首筋に寄せられた頬と唇を、黙って受けた。








<041114 UP>



しょーもねえ頭の悪げなバカッポーでスンマセン・・・(><;)。
16〜17歳くらいのイメェジです・・・。

ウチのわがしは、受になるとこんなカンジのようです・・・。あくまで優勢という・・・(^^;
ちなみに、ウチの『水瓶蠍』と『蠍水瓶』は『それぞれ別設定』ではなく、いつも同じ二人です。リバですので時によりけり上んなったり下んなったりしてるとゆー・・・(笑)。



モドル