15.雑踏








「・・・久し振りに戻ってきた者をつかまえて、何故わざわざ街などに引っ張り出すのだ、お前は・・・」
 カミュの低い声が、先を歩く者の背中に向かって発せられる。

 冬のさなかのその日、ギリシャといえども大分気温が落ち込んだ。寒がりのミロの背中には、長いマフラーの端が揺れている。
 肩越しに振り返ったミロは、ひどく不機嫌なカミュとは対照的に、あっけらかんと笑う。
「カタいこと言うな、いつも人っ子ひとり来ない氷原に引っ込みっぱなしの癖に。たまには付き合え」
 脳天気なその言いように、カミュはただ溜息を落とす。・・・祝日の市街はひどい混雑で、ミロの笑顔も紛れてしまいそうだと思う。
 年の瀬も押し迫ったこの日、街のあちこちには赤や緑の鮮やかな装飾が目立った。鈴の音を織り込んだ陽気な音楽が何処に行っても流れていて、ショーウィンドウの中では雪を模した白い綿が、イルミネーションの中で光る。
 『クリスマス』というキリスト教の行事だというのは知っている。だが、自分たちにそれが関係ある筈もなく。それどころか平素よりゴミゴミして騒々しい雑踏に、カミュは相当うんざりしていた。
 元々、人混みは苦手だ。小宇宙、と呼べるほど研ぎ澄まされてもいない、無数の漫然とした思考や情動の波が、指向性もなく撒き散らされている。市街に出るといつもそれにあてられて、カミュは気分が悪くなる。
 −−−やれやれ、と溜息をついて、目の前で寒風に揺れる金の髪を見やる。
 何でわざわざこんな日に、市街などに降りて来ようと思うのか。仮にも同じ黄金聖闘士、同等の感覚の鋭敏さは持ち合わせている筈なのに。雑踏などまるで関係ないように、平然と人波の中を歩くミロの後ろ姿にいっそ呆れる。なんでそう平気なんだ、どこか神経切れているんじゃないのか、などとミロが聞いたら大層怒りそうな事まで思って、また溜息を落とす。
 心の声が届いた訳でもなかろうが、ミロが不意に振り向いて、笑った。
「大丈夫か。お前人ゴミ苦手だろう。・・・なんだか今日はやたら賑やかで面白いな、何か祭りかな?」
 その言いように、カミュはまた更に呆れる。
「今日はクリスマスだ。・・・まさか知らずに降りて来たのか?」
 くりすます?と一瞬きょとんとしてから、ミロはようやく思い当たったようだった。
「ああ・・・何だっけ?神様が生まれた日?」
「・・・当たらずも遠からずだな。私はてっきり、そうと知ってわざわざ街に降りたのかと」
「いや全然。でも面白いな、いっぱいヘンな飾りとかあって」
 白い息を吐きながらそう言って、ミロは本当に楽しそうに笑う。
「なあ、クリスマスって確か身近な者にプレゼント贈るんだろう。折角だから、何か買って贈ろうか」
「何故。お前に何か貰う謂われはない」
 あっさり言い放つカミュに、酷い言われようだな、とミロは苦笑する。
「施しとプレゼントの区別も付かないのか、お前。妙なとこで非常識だよな、カミュって」
 そう言ってから、ミロは少し考える。そしてやがて、いかにも名案という顔でカミュを顧みた。
「じゃあこういうのはどうだ! お前が俺に何かくれ。そしたらその返礼って理由が出来る。それなら文句ないだろう」
 自信満々で提案するミロに、カミュはがっくりと深い溜息をつく。人いきれにあてられたせいばかりとも言えない頭痛を感じて、思わず額に手をあてる。
「・・・そういうのを、本末転倒と言うんだ」
「なんだ文句ばっかりつけて。いいじゃないか、『クリスマス』なんだろ?」
「関係ない」
「うるさいよお前」
 可笑しそうに笑って、ミロは少し顔色の悪いカミュに手を差し伸べる。
「とにかく、さっさと買い物済ませよう。俺もまさかこんなに混雑してると思わなかったからな、愚図々してるとお前がぶっ倒れそうだ」
 その言葉に、カミュは顔をしかめて倒れるものかと言い返しながら、当然のように差し出された手を思わず握り返した。
 するとミロはひどく嬉しそうに笑って、カミュの手を引きまた雑踏の中を先に立って歩き出す。

 ・・・ミロの掌は、寒さにかじかみもせず乾いてとても温かい。

 冬の寒さの中でも、こんな雑踏の中でも、決して霞まない鮮やかな気配が直接触れてくるような感覚。その馴染んだ体温は、とても心地が良い。
 ・・・こんな風に、何度手をとって歩いただろう、とカミュはふと思う。
 幼い頃は、カミュにとっては後ろを振り返りもせず駆け出す蠍座を引き留める為だとか、ミロにとってはなかなか動こうとしない水瓶座を自分の行きたい場所に一緒に連れて行く為だとか、そういう理由で繋いでいた。・・・今もそれは変わらないのだけれど。
 でもそれ以上に、触れた掌から伝えたいモノ、伝えられるモノが今はある気がする。

 ・・・ふと気付くと、体温と一緒に、真夏の太陽のような小宇宙がカミュの方へと流れてくる。その明るい気配が、意識の表面を覆っていた不快な曇りを急激に晴らしていく。
 −−−驚いて、風に揺れるミロの金髪を見た。
「・・・ミロ」
 呼ぶとミロは肩越しに振り向き、マフラーの影から覗く口元がにやと笑う。
「少しはラクだろ。俺は不調法だけど、これくらいは出来るんだ」
 ・・・その顔を数瞬見つめ、カミュは思わず苦笑する。

 −−−何かを、与えようというのなら。
 贈るモノなら、こんなことで充分なのにと思う。いつもこんな風に、ささいな瞬間に様々なものを伝えられ受け取っている気がする。
 言葉や笑顔、体温や−−−心。
 与える側が与えているという自覚なしに与えられるそれらのモノが、自分にとってどれ程大きな意味があるか、この蠍座は知らない。
 これ以上に、何か欲しいとは思わない。これ以上のモノがあるとも思わない。なのに尚、惜しまずに与えようとするその在りように、どれ程救われたか判らない。


「・・・プレゼント」
 ぽつりと言ったカミュの言葉に、ミロが顧みる。
「何?」
「・・・何かくれと言っただろう。何がいいんだ」
 水を向けると、ミロはぱっと顔を輝かせて即答した。
「アレだ!アレがいい!」
 そう言ってミロが指さした先には、街頭に出ている露店があった。ケーキの箱が、通行人に飛ぶように売れていく。
「ホールケーキを丸々一個食べるの、夢だったんだ俺!」
 幼い頃そのままのような顔で嬉しげに言うミロに、カミュはただ苦笑するしかなかった。



 ・・・結局その日、ミロの手にはカミュの買った大きなケーキが、カミュの手には(いらないと言ったのに結局強引にミロが買った)フランスワインが収まることとなった。










<041206 UP>



一応クリスマス時事ネタ、とゆーことで・・・めりくり〜(^^;
例の如くイメェジとしては16〜17歳前後で書いてますが、これも例の如くお好きな年齢設定で読ん下さると嬉しいです・・・

ミロがカミュの手を引いて歩く図、とゆーのが好きなのでした・・・。大人でも子供でも萌え(笑)。
手ェ繋いで、ずんずん前を歩くミロと、だまーってついて行く(ついて行ってやる)カミュ、とゆー図は可愛いなあ、と・・・・・・スンマセン。
それにしても蠍水瓶なんだか水瓶蠍なんだか、そもそも『+』なんだか『×』なんだかすらよく判らんとゆーかもうどうでもいいとゆーか・・・(笑)(よって表記は『&』で誤魔化してみました・・・(^^;)
その辺もお好みで読んで下さると嬉しいです・・・・・。




モドル