−−−かすかな雨音が、森々と辺りに満ちている。
 静かなその水音に惹かれて眼を醒ましたミロの視界に、何故だか居るはずの無い人間の姿が映る。


 ・・・遠いシベリアにいる筈の友人が、何食わぬ顔をしてすぐ傍に座っているのが、目に入った。










14.白紙











 寝起きと不審が相まって、大変胡乱な顔で、ミロは寝台脇の椅子に足を組んで落ち着いている友人に尋ねた。
「・・・なんで、お前此処にいんの」
「誕生日おめでとう」
 ・・・会話として全く成立していないが、しかし意図は判る。ミロはガックリと、今し方起きあがったばかりの寝台に再び突っ伏した。
「・・・いきなり出現するなよ驚くだろ・・・!確か去年も言ったろーが、俺の誕生日にわざわざ帰って来なくていいって・・・!」
「私の勝手だ。お前に言われる筋合いは無い」
「大ありだ!俺の、誕生日だろ!」
 喚く蠍座をものともせずに悠然と笑む水瓶座に、ミロは如何ともし難くゴロゴロと寝台の上でのたうちまわる。
「強引っつーかお前少しは人の話聞けよ!」
「それこそ、お前に言われたくは無いな。誰より人の話を聞かない人間に」
 小さく笑ったカミュに、ミロはただ溜息で応じるしかなかった。






 −−−11月8日。
 今日のその日は、確かにミロの誕生日だった。
 だがミロにしてみれば、それは単に『自分の生まれた日付』であるという以上の意味は無く、何故に水瓶座が飽きもせず、必ずこの日にたった一言を言う為だけに帰ってくるのか、毎年理解に苦しむ処だ。
 ・・・弟子の世話が忙しいとか言って、普段は数ヶ月に一度くらいしか、戻って来やしない癖に。そんな文句をぶつぶつと呟くミロに構わず、カミュは手前勝手に今年もその習慣を敢行している。
 ひとしきり不平をたれた蠍座の言葉を聞いているのかいないのか、カミュは唐突に言った。
「・・・お前、今朝方まで勅に出ていたのだって? 明け方に戻ったと聞いた」
「・・・そうだけど?」
 相手の言葉の意図が判らず、またしてもミロは不審顔だ。カミュはシーツの上に投げ出されていたミロの手を取ると、かすかに笑む。
「・・・爪の奥に、血がこびりついている。落ちなかったのか」
「ああ・・・」
 言われて初めて気づき、ミロは相手の手の内にある自分の指先を眺める。
「・・・洗ったんだけどな。爪の奥までは流せなかった」
「そうか」
 短く答え、カミュはどこか捉え処のない笑みを浮かべて、言葉をついだ。
「・・・宮の中にも、あちこち血痕が落ちていた。天蠍宮までの道筋にもあったのだろうが、そちらは雨で流れていたが」
 その言葉に、ミロはバツが悪そうな様子で顔をしかめた。
「血、落ちてたか?気をつけてたんだが」
「返り血か。どんな格好で戻ったのだか、想像に難くない」
 そう言ってやんわりと笑むカミュを尻目に、ミロは眠そうに毛布を引き寄せて、ころりと転がって言う。
「昨夜のは少し、手間取ったんだ。相手の数が多くて、返り血は確かにちょっと凄かった」
「血の誕生日か。・・・災難だったな」
「災難?・・・そうかな。別にどうでもいいけど」
 興味なさげに呟いて欠伸を噛み殺し、ミロは目の前にある自分の指先を、何とは無しにぼんやりと眺めた。
 −−−爪の奥に滞る、どす黒い赤。・・・見ていてふと、浴びた血糊のぬるい温度が思い出された。ぬるりとしたその感触は、掌にまだ生々しい。
 ・・・それは確かに、気分の良いものでは無かったが。だがそんな感覚にもこびりついた黒い汚れにも、とうに慣れてしまったのだ。大して気にもなりはしない。
 誕生日に血まみれになって、平然としている自分。こんな自分はもしかしたら、とっくの昔に何処か狂ってるのかも知れない。・・・そんな事を思って、ひとり笑う。
「・・・まぁ災難かどうかはともかく。明け方に戻ったばっかりだから、まだ眠いんだ。雨も降ってるし・・・」
 そう言ってまた欠伸を漏らすミロに、カミュが首を傾げる。
「・・・雨が降っているから、何だと言うんだ」
「雨だと躰がだるいし、眠い」
「・・・猫だな、まるで」
 くすりと笑んで、それきりカミュは口を噤んだ。
 ・・・雨天の薄闇の中、黙して座すカミュの髪が、殊更に紅く眼にしみる。それをボンヤリ眺めてミロは、何でこいつはわざわざシベリアからやって来て埒もなく喋ったり黙ったりしているのだろう、と思う。
 毎年々、こんな風に何をするでもなく、必ず傍にいる。歳を重ねる毎に血糊にもすっかり慣れてしまったように、お互い少しずつ変わってしまっている筈なのに。
 それでもこんな静かな時間は、昔のまま。
 −−−出会った頃から、いつでも変わらずに、此処に在り続けている。






 −−−静まった寝室に、降り続く雨音がひたひたと満ちる。
 ひやりとした空気と湿気、そして深い静寂に、寝台の中で知らずにうつらうつらし始めていたミロが、やがてふと毛布の陰で苦笑する。
「・・・やっぱり眠い。天気はこんなだし、俺もこんなだし、お前は退屈だろう。だから来なくていいと言ったのに」
「私の勝手だと言ったろう。−−−それに」
 笑んで、カミュはふわりとその手を伸ばす。寝ぼけまなこのミロの額に、白い掌が、ひたりと触れる。
「・・・それに私は、お前にいつでも無駄に元気でいて欲しいと思っている訳では、無いのだから。雨は、天の恵みだと言うだろう」
 −−−生誕の日に、天が下された休息日かも知れない。・・・そう呟く声に、ミロはもう一度苦笑いを漏らす。
「都合のいいことを言う。お前、俺を弟子どもと同じに扱ってないか。何だか子供を寝かしつけてるみたいだぞ」
「馬鹿を言え。こんな好き勝手言う弟子など要らない」
 そう言って笑ったカミュは、ふと問いかける。
「・・・何か欲しいモノか、して欲しい事は? 誕生日だから」
「それも、毎年言ってるだろ。同じだよ、何も要らない」
「・・・そうか?」
 僅かに首を傾けるカミュに、ミロが不意に思いついたように、悪戯な子供の顔で、笑む。
「何かしてくれるって言うのなら、この雨を止めてくれ。眠くて適わないから」
「またそういう無茶を・・・」
 言いかけて、はたとカミュは言葉を止める。・・・そして僅かに何か考えたかと思うと、一転して、微笑を浮かべる。
「判った。少し待っていろ」
「・・・へ?」
 まさか承諾が返ってくるとは思わず、呆気にとられたミロを置き、カミュはするりと椅子を抜け出す。そのまま寝室のガラス扉から、天蠍宮の外回廊へと、姿を消した。
 −−−そして、そのまま数秒。
 ・・・ふわり、と外回廊から白く輝く小宇宙が一気に広がるのが感じられた。攻撃的な気配は微塵も無く、ただ何処までも冷たく澄んだその色は、まるで極光のように光る。
 僅かに開いたガラス扉の隙間から、凍えるような空気が流れ込み、ミロは慌てて毛布を躰を巻き付けた。・・・と同時に、それまで降りしきっていた雨音が、唐突にやんだ。
 驚く間も無く、ミロ、と呼ばわる声がする。寒さに震えながら外回廊に出てみれば、・・・そこには。
 −−−曇天から降るのは、水滴ではなく、氷の結晶。
「・・・雪・・・!」
 こんな季節にこんな土地で、決して見られる筈のない純白。音もなく、無数の欠片が十二宮に舞い降りてくる。
「・・・『雨』は、やんだろう?希望には添えたか」
 そんな事を嘯くカミュに、ミロは絶句する。
 暫く言葉も無く、降りしきる雪の姿を眺めやり−−−そして堪らず、ミロは盛大に吹き出す。
「・・・ホント強引だって・・・!時々ビックリ箱みたいだよな、カミュって」
「お前に言われたくない」
 今日何度目かになるその台詞と共に笑んだカミュの紅い髪に、白い雪片が落ちかかっては溶けていく。
 見上げれば、乱舞する雪の結晶。その幾万という欠片の全てが、自分目がけて走って来るような、強烈な浮遊感。宙に手を差し上げると指の先すら白く霞んで、爪の奥に淀んだ汚れも隠してくれる。
 石畳は雨で濡れて、雪は少しも積もりそうもなかったけれど。それでも、血に赤く染まった胸の奥まで、この冷たい純白が届く気がして。取り返しのつかない程に変わってしまったものでさえ、白紙に戻してくれそうな−−−空一面の、白。
 ただ一時、覆い隠すだけのものだとしても。

 ・・・ありがとう、と言ってにんまりと笑うミロに、カミュは少しだけ眼を細め、静かに只一言を、繰り返す。





 −−−誕生日、おめでとう。















HAPPY BIRTHDAY MILO!<051108 UP>



05年ミロ誕です〜〜わーいハッピバスデ〜ミロ〜〜v

・・・と、素直に喜びたい処ですが、突貫工事なのバレバレでショボン・・・(=□=;)ありがちなネタでスンマセン・・・

ええと・・・去年が死にネタだったので、今年こそ少しでもシアワセな話を・・・と思ったんですが、その点でも結構微妙かも・・・シアワセかコレ・・・?(^^;

・・・何はともあれ、とりあえず今年もお祝い出来て嬉しいです。
お粗末様でございました〜〜〜


モドル