11.答え






















 −−−実際の処、何故こんな風になったのか、理由は無数にあるようでもあったし、全く無いようにも思われた。

 幼い時分に聖域に迎えられ、14の歳でシベリアに赴任するまで、毎日のように顔を合わせ多くのことを共有した。だがそれが、ここまでに至らしめた直接の原因や理由になるとも思えない。
 一番の理由はもしかしたら、酷く馬鹿々しく生々しく単純なモノ・・・つまるところこの特殊な環境の中で、最も手近で適当だったという只それだけかも、知れない。

 −−−だがそれを、他の誰かで代用しようとも、思わなかったのだ。



‡    ‡    ‡




 −−−天蠍宮の寝室に、何故か未開封のワインの瓶が転がっていた。
 寝酒にするつもりだったのか何か知らないが、折が良い。喉が渇いていたのに宮の主が無精をしたらしく、水差しの水は空っぽだったのだ。
 窓からは月の光が射し込んでいて、灯りのない室内でも、足下は明るい。
 カミュは寝台を抜け出して瓶を取り上げ、やはりそこらに放置されていたナイフで、適当に栓を抜く。コルクが崩れて酒の中に大分落ちたが、気になるものでもない。
 テーブルの上、空の水差しと一緒に置かれたコップに、天鷲鉞色の酒を流し込む。
 僅かな光の中で水面がぼんやりと光り、綺麗に揺らめいている。

「・・・水替わりにするなよ。結構良い酒なんだぞ、それ」
 不意にくすくすと、笑みを含んだ声が背後から投げられた。
 カミュが振り向くと、先程までうとうとしていた筈のミロがシーツにくるまったまま、こちらを見ていた。月の光のせいで、青の瞳は湖面のように、深い。
 −−−白昼に見るくすみ無い空色も良いが、夜闇に見るこの色もまた、希有だ。
 そんな埒もない事を思いながら、カミュは軽く溜息混じりに応じる。
「だったら水を汲んでおけ。大体、何で寝室に酒が転がっている」
「お前が呑むかと思って」
 ならば文句を言う筋合いでは無いだろう、と思うけれども、言っている事が要領を得ないのはいつもの事なので、カミュは黙ってグラスを口に運ぶ。・・・芳香の強い赤。乾いた唇に、僅かな刺激が残る。
 俺も、と言ってミロが手を伸ばしてくるので、呑むのかと思いカミュはグラスを差しだそうとする。だが届いたミロの手は、グラスではなく腕をつかみ、思わぬ力でカミュを引く。
 −−−僅かな水音をたてて、グラスの中味が大理石の床に、紅く散る。
 強引に引き寄せられて重ねた唇は、温かい。ミロの舌先が、唇の輪郭を辿る。
「香りがいいな。・・・好きな味だ、甘みが無くて」
 唇を触れさせたまま、楽しそうに瞳の湖面が揺れる。
「・・・甘い味が好きだったろう」
「酒はそうでもない。特に赤は」
 首に回した手で、カミュの後ろ髪を一房、軽く引っ張りながら笑む。
「・・・この赤も。大して甘くはないし」
 そう言ってまたくすくす笑い、もう一度口づけてくる。
 ・・・いつもこんな風に、遊戯めいて触れてくる。これにとっては本当に暇つぶしの遊戯なのかも知れないと思うが、カミュにとってもそれはどうでも良い事だ。
 応じて深く口づけると、ミロはそれを当然のように受け入れる。芳醇な残り香を楽しむようにもっと深くと煽るその仕草は、てらいも何もありはしない。酷く馬鹿々しく生々しく単純なモノ、その自覚がきっとこれにもあるのだろうと思う。
 カミュは、手の中に持ったままだったグラスをサイドテーブルに押しやって、既に馴染みの体温を抱き寄せる。裸の肩口に軽く歯を立てて口づけると、噛むな、と言って忍び笑う声が、耳元に揺れる。
 ふとミロが、顔を上げて、言った。
「・・・もっかい、するのか」
「いけないか」
「別にいいけど。でもまたお前が『上』すんの?」
「・・・どちらでもいいけれど」
 カミュの答えに、ミロは数秒、うーんと考える。
 そして急に思いついたように手を伸ばすと、ワインの瓶を引き寄せ、ラベルに張り付いていた装飾用のプラスチック製のコインを、むしり取る。
 それを指先で弄びながら、ミロはにやりと笑う。
「−−−表と裏。どっちにする?」
「それで決める気か」
 呆れて言ったカミュに、ミロは可笑しそうに笑って、早く決めろと急かす。こんな処まで遊戯めかさずとも良いだろう、と溜息を落としながら、裏、とカミュが答えると、ミロの指がコインが弾き、それは回転しながら宙に浮く。
 −−−月明かりの下、僅かに光って落下するコインが、再びミロの手の中に吸い込まれる。
 それを手の甲で開け、ミロはもう一度にやりと笑った。
「表だ。俺の勝ち」
「・・・なら、どちらがいいんだ」
 やたら嬉しそうなミロの様子にまた少し呆れながら、ある程度答えを予想して、カミュは問う。なし崩し的な展開だと受け身にまわることが多いミロが、殊更に『上』か『下』かと決めたがる時は、『上』の主導権を取りたがっている事が多い。
 ミロはまた数秒、うーんと考えこむ。
 ・・・だがやがて、三日月のような笑みを浮かべて。
 瞳の湖面がちらりと光り、揺れる。


「−−−やっぱ、『下』がいい」


 −−−その、答え一言に。
 脳内のタガが僅かに、外された感覚。
 ・・・酷く馬鹿々しくて、生々しくて、単純な。
 そんな衝動のままに頬に触れたら、ミロは楽しそうに、また笑う。


 遊戯に興じる、子供のような顔をして。












<050526UP>



・・・リバリバ言うからには一度はやりたかったネタだったりしたんですがスンマセン腐れてる上に脳内で思ってた程綺麗に文章纏まらなかったカンジでショボン・・・。
・・・・・・精進します・・・(==;)。

イメージとしては年齢十代ですが、そこらへんは適当に。
上だ下だってことに関しては、ワタシ的には両人どっちでも良いってくらいのスタンスが理想・・・なんです・・・が。

結局またしても蠍の誘い受けになってるのは、どういう訳か・・・ちょっとワンパタかなあ・・・ショボショボ(><;)。


モドル